カメラマンへの夢に挫折し、「普通の女の子」を目指して結婚するも、幸せの絶頂にいた出産の翌年に離婚し、シングルマザーとなった山上雅子さん(42歳)。都会暮らしの不安を断ち切るべく、幼い息子と移り住んだのは、北八ヶ岳の裾野に広がる長野県南佐久郡佐久穂町。ところが安全・安心なはずの山里にまさかの事態が襲いかかる。未曽有の災害を乗り越え、至った心の境地とは?

(上)アラフォーで子連れ移住 長野県佐久穂町で始めた新生活
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脱『移住ハイ』 自然からの強烈なメッセージ

 移住から1年余りがたった2019年10月、長野県全域に甚大な被害をもたらした台風19号は佐久穂町にも牙をむきました。山上さんが暮らしていたシェアハウスには背後の山から土石流が流入し、1階が浸水。事前に避難しており、幸い人的被害はありませんでしたが、ライフラインは寸断され、戻れなくなってしまいました。

 町内の避難所では猫をケージから出せず、長期間の避難は困難。「ペットも一緒にどうぞ」と呼び掛けてくれた町内の旅館「八千穂山荘」に移った山上さんは、ここを拠点に新たな家探しに奔走。「よそ者の自分たちを温かく迎え入れてくれた地区を1年で去るのは後ろめたく、申し訳なかったけれどすべてはタイミング、と前を向くしかありませんでした」

2020年春に小学校に入学する息子と、長野県佐久穂町で暮らす山上さん
2020年春に小学校に入学する息子と、長野県佐久穂町で暮らす山上さん

 3週間後、懇意にしていた設備業者が紹介してくれたのが、同じ佐久穂町内の別の地区に建つ空き家。売却用の物件でしたが、「こんなときだから」と家の所有者は賃貸契約とすることを了承してくれました。

 「思えば、自分が下した移住という決断を正当化したくて、山の美しさなど、佐久穂のいい面だけを見ようとする『移住ハイ』になっていました。でも山があり、川があり、土砂災害も水害リスクも当然ある。それはきちんと想定しておきなさいと、自然から強烈なメッセージを受け取った気分でした。ただ町が小さいだけに必要な支援がすぐ行き渡り、収束は早かった。大都会ではこうはいかなかったでしょう。受けた恩を少しでも返せるよう、この町に深く根を張り、生きていくとの思いがより強まりました

一緒に移住した2匹の猫は家族同然。「佐久穂町の公営住宅はペット禁止。民間の物件もペット可は少数。ペット連れの移住はハードルが高いとつくづく感じます」。台風19号の影響で住む家が土砂被害を受けた際も一緒に避難した
一緒に移住した2匹の猫は家族同然。「佐久穂町の公営住宅はペット禁止。民間の物件もペット可は少数。ペット連れの移住はハードルが高いとつくづく感じます」。台風19号の影響で住む家が土砂被害を受けた際も一緒に避難した