事態を受け止められず、ぼうぜんとしつつも、「周囲に迷惑をかけたくない」と家財道具一式を処分して一人暮らしの家を退去。愛猫は友人に託し、仕事も断腸の思いで辞めました。

 わずかな荷物とともに移ったのは、当時は「友人の一人」だった現在の夫のアパート。「名古屋市の愛知県がんセンターに通うのに便利な場所だったので(笑)。半分ルームシェアのつもりでしたが、遊びに来た彼の母に、『部屋に女性の影がある』と感づかれ、『ならば』とプロポーズされました。私の母は、『娘はもう長くないので』と彼を翻意させようとしましたが、彼の母は、『だったらなおのこと一緒になって、潤子さんをみとってあげなくちゃ』と彼にはっぱをかけたんです

「都会では迷惑な犬の鳴き声も、ここでは『害獣よけになる』『もっと鳴かせて』と喜ばれる。都会と地方の価値観はこうも違うのかと驚きました」
「都会では迷惑な犬の鳴き声も、ここでは『害獣よけになる』『もっと鳴かせて』と喜ばれる。都会と地方の価値観はこうも違うのかと驚きました」

「この町を助けてくれ」 直球の訴えに心が動いた

 結婚後は刈谷市の新居で療養に専念。「ほぼ寝たきり」でしたが、「自然の中に身をおけばきっとよくなる」と信じる夫の運転で、休みのたびに長野県の農村へ。この転地療養も功を奏したのか、余命宣告を覆し、徐々に体は回復していきました。

 足助町で開かれた半年間の米作り体験講座に通い始めたのは、がんが寛解し、ゆっくりとしたペースでなら日常生活を送れるようになった2014年。

「農業体験の発案者で地主でもある地域の顔役(故・小澤庄一さん)が、農作業の合間に足助の歴史や魅力、未来像を語るかたわら、毎回、害獣による農業被害を切々と訴えたんです」

 損害額は豊田市だけでも年間1億円近くに達するにもかかわらず、駆除する猟師は高齢化で急減。とはいえ、「誰か狩猟免許を取って、町を助けてくれんか」との訴えを聞いても、「大変だなとは思いつつ、正直、他人事でした」

 ところがある日の農業体験中にイノシシが突如現れ、田畑を荒らし回る様を目撃。「農家が丹精こめた収穫間近の作物がなぎ倒される事態を目にし、これ以上、見て見ぬふりはできないと義侠(ぎきょう)心に火が付きました