うさちゃんにもう会えない

 悲壮な決意を胸に、私は改めてデパート中を見て回ることにした。今日からここが私の家なのだ。ご飯は夜中に食堂に忍び込めばいいだろう。トイレもある。洋服が汚れたらどれでも好きなものを着ればいい。退屈な時はおもちゃ売り場だ。リカちゃん人形とリカちゃんハウスで思う存分遊ぶ。この間、買ってほしいと頼んだら「高い」という理由で却下されたのだ。勉強はもうしない。どうせ一生デパートで暮らすのだ。眠くなったら布団売り場へ。と、そこまで考えて、布団より大切なことを思い出した。

 「うさちゃんがいない」

 いつも一緒に寝ているうさぎのぬいぐるみが今夜からはいないのだ。赤ちゃんの時からずっと一緒だったうさちゃん。私が眠るまでいつもそばにいてくれたうさちゃん。そのうさちゃんにもう会えない。

 そう気づいたとたん、今までの怖くて寂しくて悲しい気持ちが何倍にも膨れ上がった。札幌の家を出る時のわくわくや、はぐれる直前の母の笑顔や、うさちゃんの柔らかい耳がいっぺんによみがえり、胸が潰れそうになった。それらが自分の元から永久に消えてしまったのだと、恐らくは正確に理解したのだ。

 あまりの衝撃に、私は立ち尽くした。今でも覚えているがエスカレーターの脇である。いろいろな人が目の前を通り過ぎた。でもお母さんはいない。絶望が改めて襲ってきた時、ふいに私を呼ぶ声がした。振り向くと、恐ろしいような顔をした母が走り寄ってくる。叱られると思ったが、そうではなかった。母はただ「心細かったね」と言った。あの怖くて寂しくて悲しい気持ちが「心細い」ことだと、その時私は初めて知ったのだ。

 スーパーで迷子を告白した女の子は、あの日の私よりはるかに賢く勇気がある。それでもやはりとても心細かったろう。

 「ひとりで怖くて寂しかったね」

 そう言い直すと、大きな目をうるませてうなずいた。

文/北大路公子 イラスト/にご蔵