ものを考えない人間というのは

 家族でこの家に越してきてから、35年ほどたつ。もともとは倉庫だった建物を父が自分の会社に改築し、さらに2階部分を自宅用に増築した。当時、私はまだ学生で、家を離れて西日本の小さな街で暮らしていた。そのため工事の様子も引っ越しも知らないが、夏休みで帰省した時に新しい家を両親と妹と見に行き、そのまま1泊したことがある。といっても電気や水道が通っていたくらいで家具も何もなく、タオルケットをカーテン代わりにして窓に掛け、居間で雑魚寝をしたのだ。一体何の行事だよと思うが、両親もうれしかったのかもしれない。

 新しい家は明るく広々としていて、私の部屋も作られていた。卒業後は帰ってきてほしいということだろうかと思いつつ、結局、私が実家へ戻ったのは、大学を卒業して3年後である。同居していた祖母に介護が必要になり、まあ人手はあったほうがよかろうと考えたのだ。家に戻ることに、迷いや葛藤はなかった。仕事はアルバイトだったし、夜ごと現れるコウモリにもうんざりしていた。夜になるとコウモリが近くの雑木林から飛んで来て、当時住んでいたアパートのベランダに大量のふんを残していったのだ。一晩中ベランダから物音がし、おちおち窓も開けられない。それが嫌だったというか、要は何も考えていなかったというか、まあどうせすぐに結婚していなくなっちゃうかもしれないしなあうひひひ……と思った家に、今もまだ暮らしている。ものを考えない人間というのは、往々にしてずるずる過ごすものなのだ。