「老後資金をためなきゃ」「定年後も働けるようにスキルアップ」――私たちは「未来に備える」ことを善しとし、計画的な人生を礼賛しがちですが、未来のために今を犠牲にしていませんか? 世界に目を向けると、数カ月後に何をしているか不明だという「その日暮らし」の生き方をしている人々が多く存在しています。彼らの生き方から学べることとは? 今、最も注目される文化人類学者の一人である小川さやかさんが「その日暮らし、Living for Today」な生き方を考察します。

タンザニア人の幸福論5 「一度の失敗は問題じゃない。それがどうした?」

「笑っちゃうくらいにだまし切ってよ」

 私が調査しているタンザニアの商人たちは、緩くつながる仲間のネットワークを大切にし、その中で商売もすれば、助け合いもします。以前にも書いたように、彼らの人間観は「どんな人も、いいときもあれば、悪いときもある。人はだますときもあれば、だまされるときもある。それが普通だ」というもの。

 誰かを信用し切ることはなく、だまし合いを織り込んで関係を築いている。路上商人は時に「俺は今こんなに不幸でお金も全然ないから、この商品を買ってくれ!」と嘘や誇張を含む駆け引きをして商品を売りつけます。買う側も、駆け引きに嘘や誇張が含まれていることをよく知っている。むしろ「どうせだますなら、思い切ってだましてほしい。こっちが笑っちゃうくらいに」という感覚があって気持ち良くだまされたと楽しむことができれば、仕方ないわねと商品を買うのです。

 このような商売や人間関係の在り方は、私たちとは異なる社会を反映しています。

タンザニア北西部の都市ムワンザで18年以上調査をしている小川さん。調査対象としたのは、マチンガと呼ばれる零細商人たち。彼らの生活と仕事を参与観察(調査者が調査対象の社会に加わり、長期間一緒に生活をしながら観察し、データを収集する方法)し、時には彼女自身も古着の行商人になって商品を売りながら調査を行った
タンザニア北西部の都市ムワンザで18年以上調査をしている小川さん。調査対象としたのは、マチンガと呼ばれる零細商人たち。彼らの生活と仕事を参与観察(調査者が調査対象の社会に加わり、長期間一緒に生活をしながら観察し、データを収集する方法)し、時には彼女自身も古着の行商人になって商品を売りながら調査を行った

タンザニアのその日暮らしは理想郷ではない?

 タンザニアの多くの人々にとって日常は、不確実そのもの。毎月決まった給料をもらっている人間は限られており、今日、いくらお金が入るのか分からない暮らしをしている人々も多い。失業手当や生活保護といった社会保障制度も十分に整っていない。身近な話をすれば、日本で道に迷えば、交番に行けばよいし、帰りの交通費がなければ、交番でお金を借りることもできるでしょう。

 しかし、そういった社会制度が十分に整っていなければ、人々は自分の力で、あるいは他人の力を頼って生きていく他なくなります。タンザニアで道に迷い途方に暮れたら、たまたま出会った他人に「助けてほしい」と言うしかない。見知らぬ人から緊急の支援を求められた側も、偶然に出会った自分を頼る以外に方法がないかもしれないと理解していれば、そして懐に余裕があれば、支援することとなる。

 しかし私は、この連載でこれまでお話ししてきたように、こうしたタンザニアのその日暮らし(Living for Today)が理想の世界であるとは思っていません。