「老後資金をためなきゃ」「定年後も働けるようにスキルアップ」――私たちは「未来に備える」ことを善とし、計画的な人生を礼賛しがちですが、その生き方は、未来のために今を犠牲にしていませんか? 世界に目を向けると、私たちの価値観とは正反対な「その日暮らし」で幸せに暮らす人々が多く存在しています。彼らの生き方から学べることとは? 今、最も注目される文化人類学者の一人である小川さやかさんが「その日暮らし、Living for Today」な生き方を考察します。

だまし合いを楽しみながら暮らすタンザニア人

 タンザニア人の人間観は、冷たいようで温かいもののように思います。彼らは誰かを心底信用することはありませんが、誰であっても失敗もするし、タイミングさえ良ければ成功もするものだと語ります。失敗したときには追い詰められて、余裕がなくなるのは当たり前だし、成功しているときには機嫌が良くて当たり前。人間は一人ひとり、その時々によって変わるものだという考え方を彼らは持っています。

 だからこそ、失敗しても許されるし、また、成功したとしてもそれが永続するとは限らないとも思っています。彼らは商人として、あるいは客として時にだまし、時にだまされ、なおかつそのだまし合いを軽やかなものに変えながら暮らしています。

 彼らの人間観は、ビジネスの手法にも表れています。今回は、前回ご紹介した、香港で私の調査助手をしてくれているタンザニア人のカラマとの出会いや、彼らが「TRUST」と呼ぶ、ビジネスのネットワークについてお話しします。TRUSTは、日本のヤフオクやメルカリとも似ているのですが、根本的には異なる仕組みです。

小川さん(右)の調査助手で香港に住むタンザニア人のカラマ。カラマは、香港に住むタンザニア人のボス的な存在(提供:小川さん)
小川さん(右)の調査助手で香港に住むタンザニア人のカラマ。カラマは、香港に住むタンザニア人のボス的な存在(提供:小川さん)

 カラマと出会ったのは2016年のこと。私は香港の大学に客員教員として所属して研究を行っていました。目的はタンザニアから香港に移住した商人たちを調査すること。彼らがいかにして社会関係を築き、母国と交易をしているかに関心を持っていたのです。