「老後資金をためなきゃ」「定年後も働けるようにスキルアップ」――私たちは「未来に備える」ことを善とし、計画的な人生を礼賛しがちですが、その生き方は、未来のために今を犠牲にしていませんか? 世界に目を向けると、私たちの価値観とは正反対な「その日暮らし」で幸せに暮らす人々が多く存在しています。彼らの生き方から学べることとは? 今、最も注目される文化人類学者の一人である小川さやかさんが「その日暮らし、Living for Today」な生き方を考察します。

 香港には多くのタンザニア人が住んでいます。今回は、私が偶然知り合ったカラマについてお話しします。

大統領秘書、社長、詐欺師、囚人…多彩な人間関係

 香港で暮らすタンザニア人ブローカーの多くは、香港や中国に商品を卸しにやってきたアフリカ系の交易人にさまざまな便宜を提供する仲介業で生計を立てています。交易人たちは、広東語や英語が十分に操れなくても、何を仕入れたらよいか計画せずとも、同胞のブローカーを雇えば、空港への出迎えから商店への道案内、香港の業者との値段交渉、契約書類の作成、輸送の代行まで手厚く面倒を見てもらえます。

小川さん(左)の調査助手で香港に住むタンザニア人のカラマ。カラマは、ブローカーの一人(提供:小川さん)
小川さん(左)の調査助手で香港に住むタンザニア人のカラマ。カラマは、ブローカーの一人(提供:小川さん)

 またブローカーたちは、そのような多様な交易人たちのアテンドのついでに見つけた商品を自らも仕入れ、母国・タンザニアへとコンテナやエア・カーゴで輸出してもいます。彼らの商売は多岐にわたっています。というより「もうかるかも」と踏んだ商売なら何でも気軽に試してみるので、いったいどの商売が本業で、どれほど副業があるのかもよく分からないくらいです。

 香港で私の調査助手をしてくれているタンザニア人のカラマも、そのようなブローカーの一人です。彼の携帯電話のアドレス帳は、偶然に出会い、知り合った多種多様な人が登録されています。3代にわたって大統領秘書を務めた政府高官や上場企業の社長をはじめ、詐欺師に売春婦、さらには囚人までもが登録されているのです。

 どうしてこんなにたくさんの人とつながっているのかという私の疑問に対する、彼の答えは、将来誰が役に立つか分からないから、誰とでもとりあえず仲良くなっておくというものでした。「詐欺のことなら、詐欺師の友人に聞くのが一番だろう」と。「もし成功したら上場企業の社長の友人が大切になるかもしれないが、もし警察に捕まってしまったら、囚人の知り合いのほうが大事」なのだと。

 このような理解には、香港で不安定な生活を営みつつ、一旗揚げるチャンスを模索する彼ら独自の、人間関係のやりくりの知恵が埋め込まれています。