「お金をくれ」の洗礼を浴びる日々inタンザニア

 フィールドワークの醍醐味は、それまでに内面化・身体化していた自身の価値観をゆるがす事態に遭遇することです。その中には胸躍るような発見もありますが、もちろん疲弊してしまうこともあります。私がもっとも悩ましく思ったのは、「日本人ならお金をたくさん持っているだろう」とさまざまな人々からお金を無心されることでした。

 当時、私は9カ月ほど滞在する予定でした。後になって調査費が足りなくならないように、月々の支出や用途をあらかじめ決めて、各月の使用可能額を封筒に小分けにし、毎日計算して計画的に使用していました。それでも予定外の無心に毎日のように直面します。

 私は確かにタンザニアの人々よりも豊かであり、「妻が病気だ」「家賃が払えず、追い出されそうだ」といった事情には同情もします。でも院生時代の私の調査費は常にかつかつで、すべての人々の困難に応答することはできないし、断ると「あいつは助けたのにどうして俺のことは助けてくれないんだ」と言われてしまう。

 数カ月後のある日、私は、調査費のすべてを世話になっている現地の人々に分け与えてしまうという暴挙に出ました。無心に応えるか否かを悩むことに疲れてしまったのです。

 「ほら! もうスーツケースにも、ポケットにもお金はないでしょう!」

 私は、仲間の前でスーツケースとポケットを広げて、あるものを全部持っていくように言いました。そして「これで私は一文無しだから、これからは私の面倒を見てね」と宣言しました(本当は、万が一に備えて100ドルだけブラジャーの間に隠し持っていたのですが)。私は、ねだられる側を降りて、ねだる側に回ることにしたのです。

小川さんの長年の調査助手ブクワさんとその息子たちとの1枚(2017年、提供:小川さん)