「老後資金をためなきゃ」「定年後も働けるようにスキルアップ」――私たちは「未来に備える」ことを善とし、計画的な人生を礼賛しがちですが、その生き方は、未来のために今を犠牲にしていませんか? 世界に目を向けると、私たちの価値観とは真逆な「その日暮らし」で幸せに暮らす人々が多く存在しています。彼らの生き方から学べることとは? 今、最も注目の文化人類学者・小川さやかさんが「その日暮らし、Living for Today」な生き方を6回にわたって考察します。

「その日のため」に生きる人々との出会い

 私は文化人類学を学ぶ院生の頃から現在まで、タンザニア北西部の都市ムワンザで18年以上調査をしてきました。調査対象としたのは、マチンガといわれる零細商人たち。彼らの生活と仕事を参与観察(調査者が調査対象の社会に加わり、長期間一緒に生活をしながら観察し、資料を収集する方法) し、時には私自身も古着の行商人になって商品を売りながら調査を行いました。マチンガたちは「3日先のことは分からない。俺たちは『前へ前へ』スタイルで生きている」などと語り、「現在の延長線上に未来を計画する日本人」とは異なる生き方をしていました。それは、「その日暮らし」のようにもみえました。

 仕事にあぶれた人々が路肩にたむろしながら話に夢中になったり、面倒なことはできる限り先延ばしにしたりと、私たちが金銭的なゆとりを得るために犠牲にしている時間的なゆとりを感じることがありました。こうした「未来のために今を生きるのではなく」、「その日その日を生きていく」という暮らしは、独自の社会関係や戦術の上に成り立っています。

タンザニア・ムワンザ市の露店でジーンズを売る小川さやかさん。調査対象のマチンガの社会に自ら入り、長期間生活を共にしながら観察した(2004年、提供:小川さん)

 「努力が大切である」と子どもの頃から教わる私たち日本人には、日々コツコツ勤勉に働き、一人ひとり未来に備えることが大切だという感覚が備わっています。今日も苦労して働くのは、これからの生活のため。来るべき老後に向けて貯蓄を確保しておくため。そんな意識を持っている人は多いのではないでしょうか。

 勤勉さは尊いものですが、それだけではどうにもできない現実もあります。「努力さえすれば、すべてが解決できるわけではない」のは誰もが経験的に知っていることですが、しばしば日本人はその事実から目を背けているかのようです。

 そして努力神話と結びついた自己責任論は、「努力していない人を助ける必要はない」という価値観だけでなく、万が一の時に助け合う関係をどれほど努力して維持しているかという考え方にも結びついたりします。「私は日ごろから人々に親切にしてきたから、自分が困難に陥った時にも助けてもらえる」という相互扶助が、「日ごろから社会に貢献していなければ、助けてもらう資格がない」という自己責任論へと転倒した言説をよく見聞きします。将来に頼れるものがお金じゃなくても、どのみち「積み立て型」の思想なのです。