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私のキャリアが始まった日

「猫のダヤン」池田あきこ 始まりは路上での革製品売り

(1)雑貨メーカーを立ち上げるも唯一の取引先が倒産→自由が丘に直営店を出すまでの強気な選択


クリエイター・経営者という両立の難しいフィールドで、共に大成功を収めている池田あきこさん。猫のダヤンを主人公とした物語など、絵本作家としては著作が約130タイトル、累計発行部数約320万部。雑貨メーカー「わちふぃーるど」の社長としては、一時期、年商20億円へ迫る勢いに。一切絵を学ぶことなく人気絵本作家として40年近く活躍している池田さんから、行動を起こすことの大切さを探ります。

(1)「猫のダヤン」池田あきこ 最初は革工房から始まった ←今回はココ
(2)かわいくて怖い「猫のダヤン」つかみの強さに勝機見た
(3)欧州で「ダヤン」を売りたい 72歳、仏語を勉強中

不本意な仕事に就いたことで「創作者になりたい」と気づいた

 池田さんの仕事人生は、1970年に読売広告社へ就職したことから始まります。

 「短大時代は、ふらふら旅をしたり本を読んだり、映画を見るだけで過ごしてしまって。就職に関して、きちんと考えていなかったんです。華やかな銀座でモノ作りをする会社、という点に引かれて叔父のつてで読売広告社に入れてもらったのだけど、私の仕事は事務系。入社するやいなや『これは自分のやりたいことではないな』と気づきました

 子どもの頃から大の読書家で、青山大学短期大学の国文科を卒業。「高校時代には、架空の生き物『わちふぃーるど』が登場する物語を作って友人に見せたりもしていたけれど、その活動と職業とを結びつける努力はしていなかった」と振り返ります。

 「人事部に『制作の部署に行きたい』と伝えたら、『君は美術大学も出ていないし無理だよ』と言われて、確かにそうだな、と。それでも、紹介で入社したのだからすぐ辞めることもできない。

 会社自体は大好きで、今もその当時の方々とお付き合いがあるのだけど、仕事内容が本当に合っていなくて。単調で叫びたくなるような毎日を送りながら2年間、自分は何をしたいのか、胸に手を当てて考えたの。結果、『私は創作者でありたい』と思ったんです

大人気キャラクター「猫のダヤン」を作り出した絵本作家であり、雑貨メーカー「わちふぃーるど」会長の池田あきこさん。原画展のために描き下ろしたばかりというダヤンの絵とともに
大人気キャラクター「猫のダヤン」を作り出した絵本作家であり、雑貨メーカー「わちふぃーるど」会長の池田あきこさん。原画展のために描き下ろしたばかりというダヤンの絵とともに

 現状を打破すべく、会社に勤めながら夜はデザイン学校で学び、そこで夫となる男性と出会います。

 「デザイン学校自体は合わないなと思ってすぐにやめてしまったのだけど、そこで夫をつかまえた(笑)。彼とはそれからすぐ、私が21歳の時に結婚しました。

 当時は結婚したら専業主婦になるのが普通だったけど、私は人に食べさせてもらおうと思ったことが一度もないんです。『作ること』が好きだと自覚した時に、趣味ではなくそれを生業にしなければ自分のアイデンティティーにならない、と思ったんですね。だから、会社をやめても仕事はするのだ、と当然のように考えていました」

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