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私のキャリアが始まった日

安藤和津 無収入同士で結婚した途端仕事が舞い込んだ

(1)家庭を支えるため、目の前のことをがむしゃらにやってきた


エッセイストや情報番組のコメンテーターとして多方面で活躍する安藤和津さん。俳優の奥田瑛二さんと結婚し、のちに映画監督となる安藤桃子さん、俳優となる安藤サクラさんを出産。自身のキャリアもアップデートし続け、憧れの的のような華やかな半生を送りますが、決して順風満帆ではなかったといいます。

(1)無収入同士で結婚した途端仕事が舞い込んだ ←今回はココ
(2)夫が億単位の借金…働かざるを得なかった日々
(3)約13年続いた介護うつ「白黒の世界にいた」

「外に出て働くのはダメ」という言いつけを守っていた

 エッセイストや情報番組のコメンテーターとしておなじみで、女性の生き方や自身の介護経験、食などをテーマにした講演活動も積極的に行っている安藤和津さん。俳優で映画監督の奥田瑛二さんを夫に持ち、映画監督の安藤桃子さん、俳優の安藤サクラさんの母としても知られる存在です。

エッセイストや情報番組のコメンテーターとしておなじみで、自身の介護経験などをテーマにした講演活動も行っている安藤和津さん
エッセイストや情報番組のコメンテーターとしておなじみで、自身の介護経験などをテーマにした講演活動も行っている安藤和津さん

 その個性と才能にあふれた家族と同様に、安藤さんのキャリアもとても華やか。英国留学後、テレビ番組やラジオ番組のリポーターを経て、30代半ばではテレビ朝日系列「CNNデイウォッチ」のメインキャスターを務めました。まさに憧れの的のようなキャリアを築いてきましたが、当の本人は、「憧れていただく要素は皆無で、基本的に、食べていかなくちゃいけない状況があったから、必死にやってきただけなんですよ」と。意外にも、「小さいころから自分の意志のないヘタレな人間でしたから」と振り返ります。

 「私の母は料亭を営んでいて、女手一つで超過保護に育てられた私は体が弱く、何か欲しいという前に、それが差し出されるような生活を送っていました。気づくと欲がなくなって、向上心や競争心もどこへやら。学生時代に2年半英国に留学させてもらって人生初の自由を謳歌したものの、帰国後は再び母の『支配下』に。母は、女性の幸せはいい家に嫁ぐこと、と思い込んでいたため、外に働きに出て知らなくていいことまで知ると嫁のもらい手がなくなるからダメ、と。その言いつけに従って、私は家で英語教室を開いて教えるようになりました」

英国留学時に先生たちと。左から2番目が安藤さん
英国留学時に先生たちと。左から2番目が安藤さん
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