夫婦の3組に1組が離婚するといわれる時代。結婚に理由があるのと同様、離婚にもまた理由があります。離婚までの4つの「峠」を経験者に打ち明けてもらいます。

ゆかり
(仮名、48歳、医療職)
29歳で結婚、40歳の時に離婚、現在は中学生、小学生の子どもと3人暮らし

峠1:違和感を抱き始めたとき

夫が同居したとたんセックスレスに。話し合っても平行線のまま

「セックスにこだわる君のほうがおかしい」

 元夫は職場の同僚でした。ずっと前から好きだったと言われてお付き合いを開始。前世できょうだいか親子だった? というくらい、本当にさまざまな価値観も、笑いのツボも、しっくり合う相手で、楽しい毎日でした。彼が地方都市に転勤になったことをきっかけにプロポーズされて結婚。私は当時の職場を退職し、転勤に帯同して同居を始めましたが、そのとたんセックスをしてくれなくなりました。仲が良いのは変わらずで、毎日楽しかっただけに「なぜ?」という思いがあり、本当に悩みました。

 夜になるとつらくて毎晩泣いていたことに、元夫が気づいたので、正直に伝えました。でも元夫は「セックスなんて自分にとってどうでもいいこと」の一点張り。「セックスにこだわる君のほうがおかしい。一緒にいるだけで楽しいのに」と言われ、話し合いは平行線のままでした。

 でも今思えば、私がセックスレスを悲しむ理由を夫は「子どもをつくれないから」と考えていたのかもしれません。実際にはただ子どもが欲しいから、だけではなく、大切な人と愛情を分かち合える一番シンプルで幸せな行為ができないことが苦しかったから、なのですが……。単純に性欲が解消されればいいわけではないので、他の方法で発散というわけにもいきません。

 もちろん、「このままでは子どもが産めない」というつらさもありました。私の母は、私が学生の頃から「これから赤ちゃんを産む体なのだから、下半身は冷やしちゃだめよ」とたびたび言っていました。私も母のような親になりたいと子育てを楽しみにしていたので、たまらなく苦しかったです。あるとき、両親に正直に打ち明けたことがありました。「今までせっかく大切に育ててもらったのに、私は命をつなぐことができません。孫を抱かせてあげることができません。ごめんなさい」と泣きながら。両親は驚き、特に父は怒って、「すぐ離婚して帰ってきなさい」と言いました。母が父をなだめてとりあえず離婚は回避しましたが……。

 日々、子どもの笑い声や泣き声が聞こえてくるとつらくて、家族連れを見ることもできなかったです。「出産しました」という年賀状にどれだけ泣いたことか。性犯罪のニュースを見ても、「この被害者は女性として必要とされたのだ。私よりずっとましだ」とまで思ったり、子どもを飢餓で亡くした外国のニュースを見ても「子どもを一度でも産めて、抱けただけでも羨ましい。私には失う子どもすらいないのだ」と思ったり。本当に病んでましたね。あの頃の自分は大嫌いです。

日々、子どもの笑い声や泣き声が聞こえてくるとつらくて、家族連れを見ることもできなかった
日々、子どもの笑い声や泣き声が聞こえてくるとつらくて、家族連れを見ることもできなかった