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実録 離婚までの4つの峠

「夫に期待せず私が働けばいい」夫婦関係は冷え切り離婚

「お付き合い」中心の夫に代わり商売を切り盛りするうち、居場所をなくした夫は浮気に走った


夫婦の3組に1組が離婚するといわれる時代。結婚に理由があるのと同様、離婚にもまた理由があります。離婚までの4つの「峠」を経験者に打ち明けてもらいます。

麗子(仮名、60歳 会社員)
23歳で結婚、48歳で離婚。現在は息子の家族と二世帯住宅で同居。

就職に挫折し、家業を継ぐ予定の夫と結婚

 私が入っていた大学のゼミに後から編入してきたのが、元夫でした。年齢が5歳上だったこともあり、周りの同級生とは違って大人に見えたのを覚えています。私のほうが先に好きになり、付き合うようになりました。

 1980年代は、女性は25歳でクリスマスケーキといわれ、20代前半で結婚するのが当たり前といわれた時代。仕事をして自立したいと思っていましたが、就職活動をしても「女子の4年制大学卒は、実家暮らしの人しか採用しません。2年くらいで寿退職してもらう前提です」と企業からいわれショックでした。落ち込んでいたときに彼から、「自分は故郷に戻って家業を継ぐから結婚しよう」と言われ、就職から逃げるように結婚したように思います。

 私の父は教師でしたし、親戚も公務員など堅い職業の人ばかり。商売をやっている彼の家は私にとって未知の世界で、父は結婚に反対こそしませんでしたが「苦労知らずのおまえに、商売をやっている家の長男の嫁が務まるのか」と不安げでした。世間知らずの私は「何が大変なの?」と父の思いを全く分かっていませんでした。

 夫の故郷で食料品店を営む義父母と近居での結婚生活がスタートし、義父母はとてもいい人たちで、夫が付き合いと称して夜ほとんど家にいないことを除けば、1年後に子どもが生まれるまでは穏やかな暮らしでした。

 義父母や近所の方たちがいつも声をかけてくれ、恵まれていたとは思います。しかし、夫は子どもが生まれても夜の外出が減りませんでした。私が近くに親しい友人もおらず孤独を感じていることなど、地元の友人に囲まれた彼は気づいていないように私には見えました。

 ただ、夫は子どもをかわいがってくれ、家にいるときはお風呂に入れたり、遊んでくれたりする人でした。

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