夫婦の3組に1組が離婚するといわれる時代。結婚に理由があるのと同様、離婚にもまた理由があります。離婚までの4つの「峠」を経験者に打ち明けてもらいます。

えり(仮名、55歳 会社員)
30歳で結婚、47歳で離婚。現在は娘と2人暮らし。

 元夫とは職場結婚でした。私がいた部署に異動してきた彼と、たまたま休日出勤が重なって一緒に食事するようになり交際に発展、半年ほどたった頃プロポーズされました。彼は物静かな理論派で会話が弾み、よく私の話を聞いてくれたので、この人となら自分を偽らず過ごせると思いました。

 結婚後は、残業後に外食を一緒に楽しんだり、週末は別行動で遊びに行ったりと、お互い自由な関係でした。彼は単身での海外駐在経験もあり、1人にしておいても家のことは適当にこなしてくれる人でした。

峠1:違和感を抱き始めたとき

感情に対する温度感の違いがすれ違いを生む

愛情表現が下手な夫、流産しても慰めの言葉もない

 一緒に暮らす中で、少しずつ育った環境の違いや、人の感情に対する温度差が気になり始めました。

 ある日、帰宅した彼がはいていた靴下を脱いで食卓にそのまま置いたのです。私がそれをとがめると「机は物を乗せる道具なんだから何を乗せても問題ない」と言うので驚きました。また別の日、彼がインスタントラーメンを作って片手鍋からそのまま食べていたのを見て、姑(しゅうとめ)に訴えたら「あら、それ私がやるの」と言われて二の句が継げなかったことも。

 家事は分担するようにしていましたが、子どもが生まれてからは、夫はほとんど育児をしませんでした。愛情表現が下手で、娘に接する態度がいちいち娘の癇(かん)に障ってしまいます。娘が病気のとき「今日はパパが休んでくれるよ」と言うと娘が泣きそうな顔で「ママ休めないの?」と聞かれたこともあり、切なかったです。

 いつまでもマイペースを崩さない夫。仕事を続けながら家事育児をほとんど背負っている私を見かねた両親がお迎えや家事を手伝ってくれても感謝の言葉もありません。そんなことが積み重なってストレスがたまり、私は過労で倒れたこともあります。

 2人目を流産してしまった際も夫から特に慰めの言葉はなく、精神的につらかったのを覚えています。

夫は子育てに積極的に関わらなかったうえに、愛情表現が下手なので娘との距離もぎこちなかったのです(写真はイメージ)
夫は子育てに積極的に関わらなかったうえに、愛情表現が下手なので娘との距離もぎこちなかったのです(写真はイメージ)