各界で活躍する方々が、自身にとって忘れられないクラシック音楽の一曲と共に人生を語ります。今回登場するのは、南米ベネズエラ発祥の音楽教育活動を通して子どもたちを支援している、一般社団法人エル・システマジャパン代表理事の菊川穣さん。東日本大震災の発生時、日本ユニセフ協会の責任者として支援活動に当たっていた菊川さんのキャリアは、1人のベルリン・フィルのメンバーとの出会いから思いがけない方向へと動き出しました。

(上)「エル・システマ」を日本でやれるとは思っていなかった ←今回はココ
(下)「困難を抱えた子」だけを支援の対象にしないことが大事

 皆さんは、「エル・システマ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。南米ベネズエラで1975年に始まった音楽教育活動のことで、貧困の中で暴力や犯罪に巻き込まれる危険にさらされている子どもたちに無償で楽器を用意し、クラシック音楽を教えています。オーケストラという集団の中で目標を持って行動することで、子どもたちが自ら協調性や規律を学び、誇りや生きる希望を持つことを目的としています。

 今やベネズエラでは政府の支援のもと、約100万人の子どもたちが約300のオーケストラやコーラスに参加。エル・システマの理念に対する共感は国を超えて広がり、世界70カ国以上の国や地域で、それぞれ独立した形で活動が展開されています。

 私は2012年3月に一般社団法人エル・システマジャパンを設立し、東日本大震災の被災地の一つである福島県相馬市で、自治体と協定を結んで日本におけるエル・システマの活動をスタートさせました。

 震災発生直後、私は日本ユニセフ協会の職員として、ユニセフの支援活動の責任者を務めることになりました。そのときはまさか1年後にユニセフを辞めて、日本でエル・システマをやることになるとは想像もしていませんでしたが、今思うと、ずっとクラシックが好きだった自分がやるべくして進んだ道なのかなという気がしています。

高校時代に聴いたドビュッシー 独特の響きに魅了

 子どもの頃からピアノを習っていて、高校生になると、吹奏楽部でサックスを吹いたり指揮をしたり、ジャズバンドを組んだりと、いろんな音楽活動に熱中しました。その頃から父が持っていた膨大なクラシックのレコードも聴くようになったのですが、特に好きだったのがドビュッシー。あらゆる曲を聴きましたが、中でも気に入って何度も聴いていたのが、ピアノ曲「映像 第1集」の1曲目、「水の反映」です。

 ドビュッシーの音楽は、ピアノの練習で弾いていたモーツァルトやベートーヴェンとは全然違っていて、独特の和音や響きにすごく引かれました。「映像」はよく印象派の音楽などと言われますが、水の反映も、きらめく水の情景が浮かぶような曲。つかみどころがなくて、でも一度聴いたら忘れられない、唯一無二の世界がそこにある。クラシックは何でも聴きますが、王道とは少し違う、ドビュッシーのような個性的な音楽により関心があるのは、当時も今も変わっていないかもしれません。