ユニセフの組織は世界各国にありますが、日本など先進国のユニセフでは広報活動と募金活動が主な仕事です。しかし震災の被害があまりに甚大だったため、国内で実に半世紀ぶりに支援活動が行われることになりました。

 初めは支援の現場もかなり大変な状況でしたが、途上国とは違い、半年ほどたつと行政もある程度落ち着いて、復興の道筋が少しずつ見えてきます。ただ、福島は原発事故があったので、先の見えない状況が続いていました。

 福島の子どもたちの話を聞いていると、まだ小学生でも、「復興にはあと20年、30年かかる。この先のことは自分たちが背負っていかなくてはいけない」と、強い責任感を持っている子もいました。ユニセフとしての支援は近いうちに終わりが来るけれど、それとは別の形で、子どもたちのために中長期的に何かできることはないかという思いがふくらんでいきました。

 そんなときに出会ったのが、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のホルン奏者、ファーガス・マクウィリアムさんでした(現在は退団)。

「ユニセフとしての支援とは別に、5年、10年と腰を据えて、子どもたちのために何かできることがないかと個人的に考えるようになっていました」
「ユニセフとしての支援とは別に、5年、10年と腰を据えて、子どもたちのために何かできることがないかと個人的に考えるようになっていました」

「エル・システマを知っているか?」

 2011年は多くの海外オーケストラが来日公演を中止する中、ベルリン・フィルは秋の東京公演を開催。一部のメンバーは仙台まで来て、小学校でコンサートもしてくれました。ベルリン・フィルはユニセフの親善大使をしているため、私も受け入れの対応をしたのですが、そのときにマクウィリアムさんから「エル・システマって知っているか?」といきなり聞かれたのです。

 ベネズエラのエル・システマのことは知っていたのでそう答えると、「東北でもやればいいと思う」と。は? という感じです。そもそも国の状況が全然違いますし、日本には部活動や街の音楽教室など、音楽を学ぶ機会もたくさんある。エル・システマをやることなど、想像もつきませんでした。

 マクウィリアムさんはスコットランドのエル・システマの組織で理事を務めていて、毎年のようにベネズエラへ行って、本場のエル・システマの指導にも関わっていました。「別にスコットランドだってベネズエラとは全然違うし、スコットランド固有の問題もある。それに今の東北はもっと大変な状況じゃないか」。そう彼に言われて、確かにそうだな、日本でもできないことはないのかな、と初めて思いました。