アフリカで9年間、支援の「仕組みづくり」を経験

 音楽活動のやり過ぎで大学受験に落ちて浪人していたとき、幼少の頃にフィンランドに住んでいたこともあり、漠然と将来は海外で仕事をしたいと思うようになりました。さして深い考えがあったわけではありませんが、海外で働くとしたら国際機関かな、などと考えて自分なりに調べたところ、英国では国連や世界銀行などさまざまな国際機関で現場経験を持つ人が大学で教えていて、専門的なことが学べると分かりました。そこで両親の反対を押し切って、ロンドン大学へ進学。少しずつ自分のやりたいことが見えてきて、アフリカで教育の問題に携わりたいと、分野も絞られていきました。

 一度日本に帰国して民間シンクタンクに勤務後、外務省が若い人を国連機関に送るプログラムに合格し、1998年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の職員として南アフリカに赴任。その後国連児童基金(ユニセフ)に移り、合計9年ほどアフリカで働きました。

 途上国での支援というと、現地の最前線で手を動かすイメージを持たれることが多いですが、ユネスコやユニセフの役割は、そういう現場の人たちを裏方としてサポートすることにあります。先生やお医者さんはいても支援がうまく機能していない場合、問題はどこにあるのか。お金なのか、人なのか、設備なのか。原因と解決策を考え、うまく支援が回るための仕組みづくりを、現地の政府機関やNPOと一緒にするわけです。

 国連の仕事は契約ベースなので、やりたいことを自分で考えて、ポストを探す必要があります。エリトリアの事務所で働いていたとき、現地は戦争の一歩手前まで治安が悪化し、妻と0歳の息子は日本に帰さなければいけなくなりました。そうしたこともあって、そろそろ日本に帰ろうと、2007年に日本ユニセフ協会へ。08年に日本で行われたG8サミットの関連事業を1年ほど担当して、その後はまた機会があったら海外に行きたいと思っていましたが、11年に東日本大震災が発生します。