クラシックのように、繰り返し味わいたくなる小説を

―― 音というのは本来、言葉で説明できるものではないのに、『蜜蜂と遠雷』の演奏シーンは読んでいると頭の中で音が鳴ってきます。しかも、ピアニストの個性がきちんと描き分けられていて、一人ひとりの音楽世界が鮮やかに浮かび上がってくる。

恩田 作品のモデルとなった浜松国際ピアノコンクールには4回行きました。いろんな人の演奏を聴いてみると、実際に音も解釈も全然違うんです。ただ、朝から晩まで同じ課題曲を何回も聴くというのは大変なエネルギーを消耗します。審査員は大変ですよ。逃げられないし(笑)。

 やっぱり再現芸術って面白いし、繰り返し聴いても新鮮だな、と。そういう点は小説も同じかもしれないですね。もう1回読みたい、読む度に発見があると思ってもらえるものを書きたいです。

―― 小説家としてキャリアを重ね、始めの頃と今とで、執筆に対するスタンスなどに変化はありましたか。

恩田 会社員を辞めて専業作家になったとき、あらゆる仕事を受けたんですね。いっぱい書けばきっと勝利の方程式みたいなものがつかめるんじゃないかと思って。でも、そんなものはないらしいということが分かりました。この四半世紀で得たものはそれだけです(笑)。

 スタートのときは、たくさん数を書く時期なんだと思っていました。量をこなすことで、ここをこう押せば1冊本が書ける、みたいな自分のセオリーが確立されるに違いないと。でもそうじゃないと気づけたのも、たくさん書いたからこそだとも言えますね。

音の粒がそろった、テクニックのしっかりしたピアニストが好きだという恩田さん。「現代だと河村尚子さん。映画『蜜蜂と遠雷』では松岡茉優さん演じる天才ピアニスト、栄伝亜夜の演奏を担当していただけて本当にラッキーでした」
音の粒がそろった、テクニックのしっかりしたピアニストが好きだという恩田さん。「現代だと河村尚子さん。映画『蜜蜂と遠雷』では松岡茉優さん演じる天才ピアニスト、栄伝亜夜の演奏を担当していただけて本当にラッキーでした」