恩田 リパッティの演奏は、すばらしくモダンなんです。CDの音源は1948年に録音されたものですが、今聴いても全く古さを感じず、いつも新鮮。癖のない、シンプルであっさりとした演奏なのですが、CDを聴く度に「この曲の歌い方は、これしかない」と思えるんです。

―― 聴く度に新鮮さを感じられ、シンプルなのに唯一無二。表現として究極と言えるものですね。リパッティの演奏を聴きたくなるのはどんなときですか。

恩田 時々ふっと、うっとりしたいというか、感情を揺さぶられたくなったときに聴きます。そういうときはいつも同じところでぐっとくるんですよ。第1楽章の終わりのカデンツァ(即興的な独奏)と、最終楽章のラスト寸前に転調するところ。そこにさしかかるとウルウルッときます。

 クラシックは再現芸術と言われますが、その魅力ってお芝居と同じだと思うんです。戯曲があって、演じる人によって違うお芝居になるのと同じように、ピアノも同じ楽器を弾いてもピアニストによって明らかに音が違うし、「この人が弾くとこの曲はこんなふうになるのか」と思わされる。そこが面白いです。

恩田さんが再びクラシックを聴くきっかけになった、リパッティが演奏するシューマンのピアノ協奏曲のCD。今も繰り返し聴いている特別な1枚
恩田さんが再びクラシックを聴くきっかけになった、リパッティが演奏するシューマンのピアノ協奏曲のCD。今も繰り返し聴いている特別な1枚

「演奏シーンを書きたい」が出発点だった

―― 『蜜蜂と遠雷』は、国際ピアノコンクールに集う天才ピアニストたちの成長を描いた大作です。中でも、彼らの卓越した技巧や音楽性を緻密に描写した演奏シーンに圧倒されます。大好きなピアノを、いつかは小説の題材にしたいという思いがあったのでしょうか。

恩田 『蜜蜂と遠雷』の少し前に、大学時代に部室が隣で交流のあった『モダンジャズ研究会』をモデルにした小説を書いたのですが、演奏シーンを書くのが楽しかったんですね。それなら、子どもの頃から弾いていたピアノで、音楽小説を書いてみたいなあと思ったのがきっかけです。ピアノなら、始めと終わりがはっきりしているコンクールが面白いんじゃないかと。

 実際に書いてみて、演奏シーンは演奏者の心理が描けるので、音楽と小説の相性は意外と悪くないかなとは思いました。大変でしたけどね。