各界で活躍する方々が、自身にとって忘れられないクラシック音楽の一曲と共に人生を語ります。今回登場するのは、東京大学大学院医学系研究科教授の宮崎徹さん。長年研究してきたたんぱく質「AIM」が猫にとって宿命ともいえる腎臓病を治せる可能性があると分かり、大きな注目を集めています。そんな宮崎さんが研究者人生におけるロールモデルと語るのが、指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤン。大学時代にコンサートで聴いた彼の音楽は、今でも音を思い出せるほど衝撃的だったといいます。

(上)完璧の先を追い求めたカラヤンが人生の手本 ←今回はココ
(下)「猫の腎臓病」に挑む東大教授 個人からの寄付も殺到

 私は基礎研究医として、30代のときに偶然発見したたんぱく質「AIM」の研究を長年続けてきました。AIMはあらゆる人の血液の中に高い濃度で存在するたんぱく質の一種ですが、どのような働きをしているのかが、調べても調べても分かりませんでした。それでも、もう諦めようとはならなかった。「要らないたんぱく質」がこんなに体の中にあるとは思えないという直感があったからです。

 10年、15年と研究を続けた結果、AIMには私が臨床から基礎研究の道に転身する大きな動機となった「治せない病気を治す」力があることを突き止めました。そしてさまざまな偶然に導かれ、AIMは人の病気の治療よりも先に猫の腎臓病を治す薬として、実用化まであと一歩のところまで来ています。

 そんな私の研究者人生において、今に至るまでロールモデルとして敬愛し、その姿に励まされてきた人がいます。20世紀を代表する世界的指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンです。

「ありのままの音」を引き出すカラヤンに魅了

 自宅にあるクラシックのCDは約2万枚。海外で研究活動をしていた15年間を含めて、これまで数え切れないほどのコンサートを聴いてきました。始まりは、中学生のときに両親が買ってきたカラヤンのレコード。高校時代にクラシック熱が一気に高まり、その中で憧れの存在となったのがカラヤンです。伝記を読みあさり、彼の音楽はもちろん、人となりにも知れば知るほど魅力を感じました。

 東大医学部に進学して上京してからは、幸運なことに晩年のカラヤンの演奏を何度か生で聴くことができました。カラヤンの魅力は、オーケストラが奏でる音楽の邪魔をしないこと。もちろん奏者の好きにやらせるということではなくて、楽譜を通して作曲家の声につぶさに耳を傾け、それをオーケストラから自然な形で引き出す力があるんです。特にライブ演奏では、指揮者の解釈や個性みたいなものが消えて、「作曲家が伝えたかったそのままの音」しか聞こえなくなるように感じられました。その点で衝撃を受けたのが、1984年、大学5年生のときに聴いたブラームスの交響曲第1番。カラヤンが芸術監督を務めたベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との来日公演でした。