演奏に圧倒され、終わっても誰も拍手ができなかった

 現代の指揮者の多くは、オーケストラの音をできるだけ抑えて、「最小公倍数」のところできれいな響きにまとめる傾向があります。でもカラヤンは逆で、思いっきり音を出させる「最大公約数」の音楽なんです。100人もの超一流の奏者が一斉に奏でるさまざまな楽器の音を開放させて、頂点のところで響きをきれいに合わせるというのは至難の業。本当にすごいと思います。

 ブラームスの交響曲第1番は2018年に閉館した普門館という会場で聴いたのですが、ここは5000人を収容する大ホールで、音響は全然よくありません。実際、初めのうちは音が響いてきませんでしたが、次第に音響など超越したビリビリくるような音圧が迫ってきて、第4楽章・フィナーレの終盤のコラール(賛美歌風の旋律)の部分では、空から降ってくる光に包まれるような感覚を覚えました。演奏が終わっても、カラヤンもオーケストラも全然動かないし、聴衆も1分くらい、誰も拍手ができなかった。あんな経験は他にないですし、いまだにあのときの音は鮮明に覚えています。

 ベルリン・フィルは世界最高レベルの技術を持った奏者で構成されるオーケストラですが、それでもマーラーの交響曲第9番といった大曲を演奏するときは、カラヤンは半年ぐらいかけて徹底的にリハーサルをやったそうです。そうして誰が聴いても完璧な演奏ができあがったときに言ったのが、「ここから音楽に魂を入れていきましょう」。これはちょっと感動的な言葉です。カラヤンが貫いた音楽への姿勢を表しているように思いますし、私たち研究者にも通じることでもあります。