子どもの頃から温めてきたクラシック音楽業界を盛り上げたいという思いを形にするため、広告代理店で「外の世界」の取り組みを学んだ後、家業の楽器商の仕事を継いだ日本ヴァイオリン代表取締役社長の中澤創太さん。ヴァイオリンの名器として名高いストラディヴァリウスに焦点を当てたフェスティバルを構想しますが、「門外不出」の楽器を世界中から集める計画は誰もが不可能というほど無謀な挑戦でした。それでも、諦める選択肢は絶対になかったと振り返ります。

(上)大ホールを貫くストラディヴァリウスの際立つ響きに圧倒
(下)5年がかりで幻の名器を東京に集結 無謀でも撤退はなし ←今回はココ

「無理だからやめたほうがいい」

 僕は電通時代にいろんな業界のプロモーション戦略を見てきて、クラシック音楽業界を盛り上げていくことはたぶんできると思いました。例えばラグビー。あれだけ本物を見せ続けて、成果を地道に積み上げて、いいタイミングでスーパースターが生まれて、試合を見に行かなかった人が行くようになりましたよね。

 派手さはない業界はどうなのかというと、最近の将棋界の盛り上がりを見てください。クラシックだってもっとやり方があるはずなんです。こういうことは、大学を出てすぐに父の会社を継いでいたら絶対に気づかなかったと思います。

 世界中からストラディヴァリの代表作を集めてフェスティバルを開催する――。僕のこのアイデアは、「無理だからやめたほうがいい」と誰もが口をそろえました。まず、楽器を集めることが不可能だと。

 ストラディヴァリウスはその希少性も相まって、値段はここ数十年で著しく高騰しています。今や音楽家自身が所有するのはほぼ不可能で、資金力のあるスポンサーやパトロンが所有し、音楽家に無償貸与する形が一般的です。ストラディヴァリウスの傑作の多くは、製作者の故郷であるイタリアのクレモナと英国のロンドンにあります。各国の所有者へ手紙やメールで貸し出しを依頼してみるものの、多くが反応なし。断りの連絡があればまだいいほうでした。

 それでも、僕には諦めるという選択肢は全くなかった。生来の負けず嫌いな性格に加え、自分はこれからのヴァイオリン業界を背負っているという勝手な認識があるので、できっこないと思われているのが悔しかったんです。

「ストラディヴァリの代表作を集める前代未聞の試みは、僕にとってはオリンピック以上の大行事。文化面でこれだけの祭典が日本でできるということを世界に発信したかったんです」
「ストラディヴァリの代表作を集める前代未聞の試みは、僕にとってはオリンピック以上の大行事。文化面でこれだけの祭典が日本でできるということを世界に発信したかったんです」