各界で活躍する方々が、自身にとって忘れられないクラシック音楽の一曲と共に人生を語ります。今回登場するのは、ユーグレナ社の代表取締役社長、出雲充さん。栄養豊富な微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)に着目し、2005年にユーグレナ社を創業。貧困国における栄養問題の解決や、持続可能な社会の実現に向かって走り続けてきました。大好きなクラシック音楽が挑戦の原動力だという出雲さんが、お気に入りのベートーヴェンのピアノ協奏曲に関して体験した驚きの出来事とは?

(上)指揮者なしのオーケストラと辻井伸行 夢の共演に震えた ←今回はココ
(下)変化に強いのは、指示がなくても同じ方向を目指せる組織

 2005年にユーグレナ社を創業してからは本当に大変なことばかりで、失敗も数多くありました。そんなときにいつも私を勇気づけてくれたのがクラシック音楽です。仕事で疲れたり、行き詰まったりしたときに聴くと、「ああ、また頑張るぞ」という気持ちになります。

 3歳から18歳までピアノを習っていたのですが、私の時代だと、男の子がそこまでピアノを長く続けるのはまれでした。高校に入るタイミングでやめてしまう子がほとんどで、通っていた教室でも残ったのは私だけ。先生には「あまり練習しないでいいからやめないで」と言われました(笑)。先生は、手の大きさを生かせる、指を速く回すような曲を私に挑戦させたんですよね。私も弾いていて楽しかったし、最後はショパンの「革命のエチュード」を弾いてレッスンを卒業しました。

涙が止まらなくなった「パリは燃えているか」

 ピアノを途中でやめなくてよかったと心底思った出来事があります。1995年、私が高校1年生のときに、NHKスペシャルで「映像の世紀」という番組が始まりました。戦後50周年の節目に、20世紀がどのような時代だったのかを世界中の記録映像で振り返るドキュメンタリーのシリーズです。番組のオープニングとエンディングで流れたのが、加古隆さん作曲の「パリは燃えているか」。第1次世界大戦の記録映像を通して、戦争が大量殺りくの時代に入ったことを伝える第2回の放送を見た後にエンディングでこの曲が流れてくると、自分でもびっくりしたのですが、涙が止まらなくなりました。

 「パリは燃えているか」というのは、ヒトラーの言葉です。第2次世界大戦末期、敗色濃厚となったヒトラーはパリから撤退する際、「どうせ負けるならパリを跡形もなく燃やしてしまえ」と命令を下し、その後遂行されたか確認するため、「パリは燃えているか?」と司令官に連絡をしたんですね。司令官はヒトラーの命令を無視し、それによってパリは救われたのですが、人間の一番悲惨な面や戦争の苦しさといったものが、この一言には凝縮されています。

 そんなタイトルを持つ加古さんの曲はピアノ協奏曲の形式の壮大な音楽で、ただただ、魂が震えました。あまりにも衝撃を受けたので何としても自分で弾いてみたいと思い、耳で聴いて楽譜に起こすことにしたんです。録画したビデオテープを繰り返し再生して音を確かめながら、ピアノの主旋律を五線譜代わりのルーズリーフに書き取っていきました。

 完成したものを弾いたら、音楽のすごさに感動してまた泣いてしまいました。これはピアノを続けていたからこそできた体験。「レッスンをやめないで」と言ってくれたピアノの先生には本当に感謝しています。

 そして私にはもう一つ、思い入れのある大切な曲があります。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」です。