ワーグナーのオペラ『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の前奏曲を初めて聴いたときから強く引き付けられ、その後念願だったオペラ全編を観劇、この作品がいっそう自分を支える存在になったというANAホールディングス副会長の平子裕志さん。インタビュー後編では、ANAの社長として新型コロナウイルス禍に対峙(たいじ)した時期を振り返ってもらい、これからの時代を生き抜くために組織やリーダーに求められる力について聞きました。

(上)コロナ禍に直面したANA社長時代 あるオペラが支えに
(下)ANAは挑戦の時 リーダーにはリセットする勇気が必要 ←今回はココ

 新型コロナウイルス禍で経営環境が大幅に悪化する中、私は社長として、まずは会社がちゃんと存続することを社員に示す必要がありました。ANAホールディングスの片野坂(真哉)社長とも話し合い、雇用を維持することを早々に宣言しました。

 伊藤忠商事が掲げる商いの三原則に「かけふ」という言葉があります。「稼ぐ」「削る」「防ぐ」の頭文字を取ったものですが、今は稼ぐ状況ではないので、私は「か」を「借りる」としました。銀行からお金を借りて、キャッシュを手元に蓄えることで事業存続を図る。それが可能になったところで、次はコストや投資など、無駄なものがないか社員みんなに考えてもらい、仕事の仕方も変えながら、削れるものは削っていきました。

 「防ぐ」はリスク管理です。航空会社にとって何より大切なのは飛行機を安全に運航すること。今の状況で万一事故を起こしたら、それこそ会社は再起不能に陥りかねません。あとはレピュテーションリスク(評価リスク、風評リスク)の回避も重要です。社員の不祥事なども絶対にあってはならないことですから、日常の行動も含めて、「防ぐ」をキーワードにしましょうと呼びかけました。

 そのように社内を鼓舞しながら過ごすうちに、だんだんと社員からアイデアが出てくるようになりました。その一つが、路線の運休で稼働していない、ホヌ(ハワイ語でウミガメのこと)が描かれたハワイ路線専用機「A380」を使った遊覧飛行です。本業ではありませんが、今持っているリソースを最大限活用し、社員に「自分のアイデアが少しでも会社の役に立った」と思ってもらえることが何より大事なんですよね。

「コロナ禍の最初の1年は、不安を抱える社員たちを鼓舞し、彼らが考えたアイデアを少しでもお金につなげたりしながら過ごしてきた感じでした」
「コロナ禍の最初の1年は、不安を抱える社員たちを鼓舞し、彼らが考えたアイデアを少しでもお金につなげたりしながら過ごしてきた感じでした」

少人数の社員と直接話すオンライン対話を50回以上

 社員に対しては社長からのメッセージを意識的に発信し、オンラインで直接対話する機会も設けました。いろんな部署から年齢も立場もさまざまな10人程度が自由に集まり、好きなテーマで車座的に話し合うというもの。私は全員と話をするし、参加した人同士も意見交換ができるような場です。これを社長在任中に50回以上開催しました。

 社員たちは初顔合わせですが、進行役の私が促さなくても、みんな言いたいことがあってどんどんしゃべり始めるんですよ。ある人の悩み事に対して私が意見を言うと、また別の人が「では、こんなふうにしてはどうですか?」と提案。そこから新しいアイデアが生まれたりするわけです。