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人生はいつもクラシック

思春期の心とらえた「魔王」 物語を伝える声の力に驚き

(上)ビジョナル三好加奈子 中学時代に初めて意識した「意思決定」の重み。MBA留学後のキャリア選択にも通じる人生の軸に


道を決めたら、それが「正しいもの」になるよう力を尽くす

 それまでにも習い事や中学受験など、子どもなりに自分でやろうと決めて選んだものはありました。でも、「何かを諦めて1つの選択をする」というのは初めてのこと。選ばなかった道って、もしそれを選んでいたらどうなっていたかは、いくら想像したところで実際に起きたことではないので分かりようがないですよね。だからこそ真剣に、心からこれだと思えるものを選びたいし、決めたからにはそれが自分にとって「正しいもの」になるよう全力を尽くそう。そんなふうに思ったことを覚えています。

 「意思決定」というものを初めて明確に意識したこのときの思いは、後に社会人になってからキャリア上の選択をするときにも変わりませんでした。

 新卒で入社した商社の化学品部門で営業担当として働いていた30歳の頃、2年間休職をして米国のハーバード・ビジネス・スクールへMBA留学をしました。入社以来、会社に決められた異動は何回かあったものの、この先のキャリアを自ら主体的に考える機会を得たいと思ったのがきっかけです。会社のMBA留学奨学金制度を利用し、会社から留学費用を借りる形で留学しました。留学後に会社に戻って5年間働くと、留学費用が返済不要になるというスキームの制度でした。

 留学を終える直前まで会社に戻るつもりでいたのですが、たまたまラグジュアリーブランドのCoach.Inc(コーチ)にご縁があって、米国に残って就職することにしました。転職を考えるときって、業界、職種、場所の3つの軸を一気に変えるとリスクが大きいから、大抵の場合は1つ、少し冒険をして2つ変えるんですよね。でも私の選択は、まさに3つ全部を変えるもの。学校のキャリアカウンセラーや米国人の友人にも、大胆な選択だねと言われました。

「業界は石油化学からラグジュアリーブランド、職種は営業からコンサル、場所は日本から米国。すべてを一気に変えるコーチへの転職は無謀だと周りから言われました」
「業界は石油化学からラグジュアリーブランド、職種は営業からコンサル、場所は日本から米国。すべてを一気に変えるコーチへの転職は無謀だと周りから言われました」

 それに会社に戻らない選択をするということは、会社から借りた留学費用もすべて自分で負担しなければならず、経済的合理性にも全くかなっていませんでした。でも、私の判断の軸はそこにはありませんでした。

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