各界で活躍する方々が、自身にとって忘れられないクラシック音楽の一曲と共に人生を語ります。今回登場するのは、転職サービスのビズリーチなどを運営するビジョナル執行役員CHRO(Chief Human Resource Officer)の三好加奈子さん。挙げてくれたのは、中学の音楽の授業で聴いて強く印象に残ったというシューベルトの歌曲です。声で表現する音楽の世界の魅力に目覚めた三好さんはやがて将来に対しほのかな夢を抱きますが、そのとき、後のキャリア選択にも通じる「意思決定」の重みを初めて意識したといいます。

(上)思春期の心とらえた「魔王」 物語を伝える声の力に驚き ←今回はココ
(下)ビジョナルCHRO 40代でスタートアップを選んだ訳

 「みんなで歌を歌わない?」。それは、中途採用でマッキンゼーに入社した2008年の冬のことでした。マッキンゼーでは年末にイヤーエンドパーティーという忘年会に代わるイベントがあり、その年の中途入社組と新卒入社組が、それぞれ出し物をすることになっていました。中途入社の同期は私を含めて8人いて、そのうちの1人がこの連載にも登場した武井涼子さん。ビジネスキャリアと並行して声楽家としても活動していた武井さんが、同期で歌うことを提案したのでした。

 歌なら準備もそんなに大変じゃないしいいね、ということでみんな賛成し、本番に向けて練習していると、大きな声でわあっと歌っている私の様子を見た武井さんに「三好さん、もしかして歌好きなの?」と聞かれました。

 まさに私には10代の頃、歌に対して特別な思いを抱く経験をしていました。

複数の人物を声で巧みに表現する『魔王』に衝撃

 小さい頃からピアノを習っていた私にとって、クラシック音楽というとピアノやヴァイオリンの独奏やオーケストラといった、「楽器の音楽」のイメージがありました。それを変えたのが、中学生のときに音楽の授業で聴いた、シューベルトの歌曲『魔王』です。

 印象的だったのが、4分ほどの短い曲の中でドラマチックな物語が展開すること。しかも「お父さん」「子ども」「魔王」「語り手」という複数の人物が登場して、それを1人の人が歌い分けるんです。ピアノ伴奏の曲調とともに、声のトーンを変えることでも物語の世界がビビッドに伝わってくることに圧倒されました。

 『魔王』はドイツ語ですから、耳から入ってくる言葉1つひとつの意味は分かっていませんでした。それでも、歌声を聴いているだけで表現しようとしている世界観が伝わってくることに、歌の面白さを感じました。あまりにも引き込まれてしまい、両親にCDを買ってもらって、家でも繰り返し聴いていました。

 その後、さらに歌への興味を持つことになる出来事がありました。