楽譜といっても高校の音楽の教科書に載っていた小さな譜面です。それを必死に見て、気づくと8時間くらい弾いていました。あんなに練習嫌いだったのに、我ながらびっくりです。音大がどうとか、他人の評価みたいなものを抜きにして、初めてピアノを楽しむことができた気がしました。人に聴かせることはなく、自分が表現したいように演奏できるようになることで満足でした。

 私、ピアノの感触がすごく好きなんです。弾き方によって全然違う音が出て、そこに感情をのせることができる。鍵盤を押さえるだけで心が躍ります。言葉で「私はこうです」って言うのが苦手なぶん、ピアノを通すと内にため込んでいたものがばっと出ちゃうのかも。それは絵も同じで、私にとって自分を表現するのにちょうどいいツールなんだと思います。

 その後は自分が弾きたいときに弾く楽しみ方でピアノと付き合うようになり、イラストレーターになってからも、仕事で疲れたときにはピアノのあるスタジオを借りて、弾くことで癒やされたりしていました。

就職活動をしない代わりに、毎日絵を描こうと決心

 大学のサークルで映画研究部に入ってから、映画や演劇、ロックやポップスなど、カルチャー全般の面白さに目覚めました。みんな自分の「好き」に夢中になっていて、いわゆる会社員になるようなタイプはおらず、私もだんだん染まっていって。就職氷河期だったこともあり、早々に「就職は無理だ」って諦めちゃいました。

 就職活動をしない代わりに、毎日絵を描くことにしました。ピアノはダメだって言われたけれど、そういえば私にはイラストがあったじゃないか! と。それで完全に独学で、毎日毎日、あらゆるテイストの絵を描くことを試していきました。私は本当に三年寝太郎みたいな人間で、こうと決めたら突然やる女なんです。

「就職活動は全くしませんでした。我ながら潔いなと思いましたね(笑)」(五月女さん)。自宅リビングには五月女さんの作品やグッズが愛らしい雑貨とともにディスプレーされ、楽しげな雰囲気
「就職活動は全くしませんでした。我ながら潔いなと思いましたね(笑)」(五月女さん)。自宅リビングには五月女さんの作品やグッズが愛らしい雑貨とともにディスプレーされ、楽しげな雰囲気