大学生の時、人に言われるまま足を運んだ演奏会で聴いたブルックナーの交響曲第8番に衝撃を受け、オーケストラに強い興味を持った実業之日本社社長の岩野裕一さん。会社員生活の傍ら、関心の赴くまま調査を進めた満州の音楽史が本として世に出ると、仕事にするつもりがなかった音楽で多忙になります。派手な「課外活動」は社内の反感を買い、干されること2回。そんな一匹おおかみが思いがけず社長になった時、助けになったのはやはり音楽でした。

(上)人生はクラシック 岩野裕一「その時、大聖堂が現れた」
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 『王道楽土の交響楽』が出版されてからは、いろんな雑誌に寄稿したり、BSのクラシック番組のキャスターをやったりと、「課外活動」がかなり忙しくなりました。そんな僕に対して社内で陰口をたたく人も中にはいましたが、全く気にしませんでした。就業規則違反でクビにしようと思えばいくらでもできたでしょうし、僕もその時はその時だと思っていましたが、幸い当時の社長や上司は「やることをやったら後は自由にしろ」という感じでした。

ある朝、会社に行ったら部下が全員いなくなっていた

 実業之日本社は本当にいい会社なんですよ。ちょっといい会社過ぎたのかもしれない。変な話、みんながのんびりしている中で、僕は会社の仕事も社内では人一倍ちゃんとやっていました。雑誌から単行本に移って、本を作る仕事も面白かった。だから、別に会社員を辞める理由もありませんでした。

 ただ、実は2回、会社で干されているんですよ。2回目なんて、ある朝会社に行ったら人事異動が発令されていて、編集長の僕以外、部下が全員いなくなっていました。

 僕は自分が周りから何を言われようと気になりませんが、会社や先輩への批判はすごくしていたんです。「こんなことをやっていたらいつかこの会社はおかしくなるぞ」と。今思えば嫌な奴でしたね。だから上から嫌われて、干されもした。

 でもそれは、会社が好きだからこその憤りなんです。

「社内の主流派の人とは全く群れていなかった。僕を嫌いな人はたくさんいたと思います」