面識のない朝比奈さんに「お話を聞かせてください」と手紙

 朝比奈さんは90歳を超えても指揮台に立ち続けて2001年に亡くなった、日本におけるベートーヴェン、ブルックナー演奏の第一人者として知られる巨匠です。といっても僕が興味を持ったのは、彼の音楽というよりも、大学3年生の時に読んだ『朝比奈隆 わが回想』という新書でした。その本では戦時中に上海と満州でオーケストラを指揮していた話が1章を占めていて、子どもの頃から近代史や激動の昭和史みたいなものが好きだった僕は血が騒ぎました。

 入社4年目に経済誌の編集部に異動して、ふと朝比奈さんの本にあった戦時中のことを詳しく知りたくなりました。でも、当時のことが書かれた本は他に全くない。それで僕は、一面識もない朝比奈さんに「お話をお聞かせいただけないでしょうか」と手紙を書きました。そうしたら何と秘書の方から「朝比奈がお目にかかると申しております」と電話が来たんです。朝比奈さんは大阪フィルハーモニー交響楽団の常任指揮者でしたから、大阪へ会いに行きました。

 朝比奈さんに話を聞いたからには、そこで終わらせるわけにはいかない。誰に頼まれたわけでもないのに、当時のことをどんどん調べ始めました。そもそも戦争中になぜ満州にオーケストラがあって、しかもメンバーはみんな西洋人だったのか。

「朝比奈さんには本当にかわいがっていただきました。最晩年は『いろんな人からインタビューを受けるのはしんどいから、岩野さんだったらいい』って言ってくれて。テレビ局のインタビューなどは、ほとんど僕が会社を休んで大阪に行って立ち会いました」