各界で活躍する方々が、自身にとって忘れられないクラシック音楽の一曲と共に人生を語ります。今回登場するのは、三菱電機社外取締役の小出寛子さん。女性のキャリア形成が手探りのものだった80年代初頭に社会人になると、夫の海外留学などその時々の状況を柔軟に受け入れながら仕事に前向きに取り組み、名だたる外資系企業で要職を務めてきました。そんな小出さんのプライベートの大切な相棒は弦楽器のヴィオラ。音楽がかけがえのない存在になったきっかけとは?

(上)50代でヴィオラを再開 想定外続きの人生で音楽が支え ←今回はココ
(下)三味線の家元、若手起業家…新しい出会いが世界を広げた

ピアノに挫折し、音楽から離れるつもりだったはずが…

 「こんなすごい音楽の世界があるんだ!」。大学の入学式でオーケストラの生演奏を初めて聴いたときのあの感動は忘れられません。

 私にとってクラシック音楽といえばピアノでした。音楽の道を目指す気持ちでずっと続けていたものの、自分の限界を悟った高校2年生のときに方向転換。挫折感を味わった音楽との関わりはこれで一区切りにして、大学に入ったら全く違うことをやってみようと思っていました。

 それが、入学式で一変してしまいました。そのときに聴いたのが、東大のオーケストラが演奏するワーグナーのマイスタージンガー(楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』より第1幕への前奏曲)。一人で演奏するピアノの世界しか知らなかった私にとって、大人数で演奏する迫力や、主題となるメロディーが音の厚みを増しながら繰り返し現れる曲のスケールの大きさは驚くべきものでした。

 すっかりオーケストラのとりこになって入部説明会に足を運ぶと、初心者でも入れてもらえるのは、ヴィオラかコントラバスか打楽器とのこと。ヴィオラというのはよく分からないけれど、「ヴァイオリンより少しだけ大きいもの」らしいし、似ているならやってみてもいいかな……。そんなふうに、限られた選択肢の中で何となく決めたのがヴィオラでしたが、中低音の響きが本当に魅力的な楽器です。ヴァイオリンほどの華やかさはないけれど、何とも温かないい音がする。まあ、上手な人が弾けば、ですけどね(笑)。

 東大オーケストラの大先輩でプロのヴィオラ奏者になった方に個人レッスンを受けつつ、最初の1年はとにかく無我夢中で練習。東大の入学式では毎年マイスタージンガーを演奏するのが恒例で、2年生になって自分が演奏する側になったときは感動しました。

 オーケストラに入ったことは、就職先を見つけるきっかけにもつながりました。