銀行員時代にコンサートホールで一流の演奏を聴く機会は数多くあったものの、長らくクラシック音楽に面白みを見いだせなかったという蓑田秀策さん。しかし、至近距離で聴いたヴァイオリンの音色に衝撃を受けるほど心を揺さぶられたことをきっかけに、一般財団法人100万人のクラシックライブを設立しました。音楽の力で人と人をつなぎ、社会をより良くしたいと行動する背景には、仕事人として脂の乗った時期に感じた、ある種の「悟りに近い境地」がありました。

(上)間近に聴いた弦楽器の響きがクラシック嫌いを一変させた
(下)一線を退く50歳からの生き方が「人生の豊かさ」決める ←今回はココ

人生は、400メートルトラックを走るようなもの

 私は、人生は400メートルトラックを走るようなものだと思っています。生まれて最初の20年ほどは、学校で勉強という名の直線距離をひた走り、大人になる準備をする。ここで成績がいいからといって、そのまま人生を一番で走り通せるとは限りません。社会に出て行く最初のカーブをうまく曲がりきれない人も中には出てきます。

 ひとまず社会に適応できた人は、10年くらいかけて必死に仕事を覚えます。そしてこの道でやっていこうと思い定めたときに、次の直線が始まります。よりよい銀行員になろう、もっとビジネスで成功しようと一心に上を目指す。これが50歳くらいまで続きます。世間が「この人はどんな人か」ということを見るとき、大体この直線で成果を上げたかどうかで判断します。でも、人生はここでは終わりません。

 成功した人もそうでない人も、次のカーブを曲がらなくてはいけない。それは、一線を退いていくというカーブです。ものすごく成功して偉くなった人が、往々にしてこのカーブをうまく曲がりきれないということが起こります。「俺は大会社の社長だった」という人が、町内会で無意識のうちに横柄な態度を取って「おかしな人」と思われてしまったり、大変なお金持ちになった人も、お金があり過ぎて何をしていいのか分からなくなってしまったりするんです。

 一線を退くカーブを曲がった先には、人生最後の直線が待っています。今までの直線には、いい成績で卒業するというゴール、仕事で成果を上げるというゴールがありました。でも最後の直線の先にあるのは死だけ。そこをいかに走るかが、人生の豊かさを決めるのではないか。

 そんなふうに考え始めたのは50歳になる頃でした。新卒で日本興業銀行(現:みずほ銀行)に入行し、1990年代に駐在したロンドンでいろんなことを考えさせられたのが大きかった。40代で銀行マンとしてバリバリの時期でしたが、当時はアジア金融危機で、相当な挫折を経験しました。自分では絶対に大丈夫だろうと思って一生懸命やったことでも、うまくいかないことがたくさんあった。そのときに「人生というのは、自分自身のものではないな」と、一種の悟りのような感覚を覚えたのです。

「仕事でどんなに成功を収めた人も、その先にある、第一線を退くというカーブをちゃんと曲がりきらなくてはいけません」
「仕事でどんなに成功を収めた人も、その先にある、第一線を退くというカーブをちゃんと曲がりきらなくてはいけません」