指揮する機会は全くなし でも曲の研究が楽しかった

 僕は高校で理系コースにいましたが、指揮法って物理学なんです。指揮の腕の動きは、基本的に「鉛直(えんちょく)投げ上げ運動」。指揮の先生も、物理がすごく好きな人でした。僕は先生から学んだ適切な運動を、音楽にふさわしい形で行うことがうまくできるなと思った。そこから指揮に興味を持ちました。

 進路では音大へ行くか迷いましたが、音楽で食べていくのは絶対に無理だと思ったので、一般の大学に進学し、物理学を専攻しました。それでも指揮のレッスンだけは大学院の頃まで合計10年近く続け、オーケストラ曲の指揮についても勉強しました。大学院時代には音大の指揮研究所にも通いました。

 でもこの間、実際に指揮をする機会は全くありませんでした。

 指揮者の仕事には、オーケストラのスコア(総譜)を読み込んで構造を理解し、音楽を解釈するプロセスと、その解釈をオーケストラの奏者に伝えながら実際に指揮をし、音楽を奏者と共につくっていくプロセスがあります。僕はどちらかというと前者のほうが好きなんですね。一人でスコアを読んで、「ああ、この曲はこんなからくりになっているんだ」などと発見するのが楽しい。だからずっと勉強を続けられたんだと思います。

 ただ、指揮を勉強しているというアピールは折に触れていろんな場所でしてきました。それが社会人になってから、会社の同僚のつてでアマチュアオーケストラを振らせてもらえる機会につながり、さらにプロのオーケストラでも、と広がっていった。やっぱり何事も言ってみるものですよね。

オーケストラを指揮する後藤さん。「僕には師匠と呼べる人が10人くらいいます。音楽、ビジネス、ITの世界にそれぞれ数人ずつ。本当に人に恵まれていると思います」(写真提供/後藤さん)
オーケストラを指揮する後藤さん。「僕には師匠と呼べる人が10人くらいいます。音楽、ビジネス、ITの世界にそれぞれ数人ずつ。本当に人に恵まれていると思います」(写真提供/後藤さん)

 教育に興味を持つことになったのも、指揮が少し関係しています。実は大学生になっても指揮の勉強を続けているのは親には内緒でした。大学院時代にこっそり私立の音大まで通うことになって、両方の学費を自分で稼ぐ必要がありました。それで、時給がかなり高くて短時間で集中的に稼げる予備校講師のアルバイトをすることにしました。