高校時代にオペラの世界に魅了されてオペラ歌手への憧れを抱くも、悩んだ末に一般の大学へ進み、卒業後は企業でマーケティングの仕事に従事してきた武井涼子さん。父親の死によって一度は計画を中断したMBA留学を諦めなかったことが、ずっと続けてきた歌にも転機をもたらしました。プロのオペラ歌手としての顔も持つようになった今、武井さんのキャリアはマーケティングの世界と豊かに融合し、さらなる広がりを見せています。

(上)オペラ歌手とのマルチキャリア 始まりは『カルメン』
(下)留学で開けた新世界 マーケティングと音楽には共通点 ←今回はココ

MBA留学中、思いがけずジュリアードで歌も学べることに

 私が会社勤めをしながらも途切れることなく歌を続けてこられたのは、本当に周りの人に恵まれたおかげだと思っています。高校生のときにオペラの魅力に目覚めて歌の個人レッスンに通い始めて以来、社会人になってからもずっと同じ先生に教えてもらってきました。仕事が忙しくなってレッスンを休みがちになっても、先生は「いつでも帰ってくればいいわよ」と待っていてくださいました。

 また、中学時代の1つ上の先輩にピアニストになった人がいて、彼女も私の才能をずっと信じてくれていました。父が亡くなってMBA留学を断念した時期には、「このタイミングで音楽の大学院に行かなくてどうするの?」と本気で心配し、3年後に改めて留学準備をしているときにも、もう一度同じアドバイスをしてくれて。そうしたこともあって、音楽のことももう少し本格的にやってみたいなと思うようになっていました

 2006年に米国のコロンビア大学へ留学すると、同じニューヨークにある音楽の名門、ジュリアード音楽院に夜間クラスがあることが分かりました。そこはカルチャースクールに近い感じで、週1回通うことに。すると講師の先生が「あなたはここにいても仕方がないから、個人レッスンを受けに来なさい」と声をかけてくれたんです。そこからさらに別の先生を紹介してもらって、何とジュリアードで大学院生に交じって1年間講義を受けられることになりました。聴講生のような扱いで試験にも参加させてもらいましたが、私、別に学費も何も払っていないんですよ。昔はゆるかったんですよね。今ではもう許されないと思います(笑)。

 MBAを無事取得して2年の留学を終えるときには、お世話になったある声楽の先生が、「あなたはアメリカに残って、もっと勉強して歌手をやりなさい」と言ってくださいました。「悪いけど、アメリカで歌手をやってもお金が稼げないので」と冗談めかして断りましたが、そんなふうに言ってもらえたことに、「ああ、私はある程度、歌も勉強できたんだな」と何か心が満たされたのを覚えています

「MBAを取るために留学したニューヨークでの2年間で、歌についても真剣に学び、『私は歌を歌っていてもいいのかもしれない』と思うことができるようになりました」
「MBAを取るために留学したニューヨークでの2年間で、歌についても真剣に学び、『私は歌を歌っていてもいいのかもしれない』と思うことができるようになりました」