各界で活躍する方々が、自身にとって忘れられないクラシック音楽の一曲と共に人生を語ります。今回登場するのは、グロービス経営大学院准教授の武井涼子さん。広告代理店などでマーケティングのスキルを磨く一方、常に生活の一部だったのが、声楽を学び、歌い続けること。それはいつしかプロとしての活動になり、現在は異なる領域を行き来しながら唯一無二のキャリアを歩んでいます。そんな武井さんに、歌との出合いについて聞きました。

(上)オペラ歌手とのマルチキャリア 始まりは『カルメン』 ←今回はココ
(下)留学で開けた新世界 マーケティングと音楽には共通点

歌うことは生活の一部、どんなに忙しくてもやめられなかった

 私は今、グロービス経営大学院でマーケティングを教えつつ、オペラ歌手としてステージに立ち、コンサートのプロデュースや若手音楽家の育成事業などにも携わっています。

 20代から30代前半にかけては、広告代理店などでマーケティングの仕事に全力投球する日々。翌日に迫ったプレゼンの企画書のアイデアがどうしても降りてこず、追い詰められて深夜の2時、3時に「もうだめだー!!」って叫ぶこともよくありました(笑)。でもそういう働き方が苦ではなかったですね。任されたことをできるまでやり遂げるのは他の人も当たり前にやっていること。さまざまな分野のプロフェッショナルと共に徹底的に突き詰めて仕事をする、濃密な時間を過ごすことができました。

 そうした仕事漬けの毎日でも、歌うことは生活の一部として常にありました。例えば夜の7時から2時間だけ仕事を抜け、レッスンに行ってまた会社に戻る、という感じです。どんなに体力的にも時間的にもきつかろうと、音楽はやめられない。それはもう理屈じゃなくて、例えるなら車の両輪みたいなものです。一方の車輪がうまく回らなくなったときも、もう一方が回っていれば車は何とか動きますよね。そんなふうに音楽と仕事、常にどちらかが自分を支えてくれていたと思います。

 小さなコンクールでいくつか賞をいただいたり、アマチュア団体のオペラ公演に出演したりと、「よく歌えるアマチュア」という感じで歌を続けてきたのが、さまざまな巡り合わせに導かれ、40代からはプロのオペラ歌手として活動するようになりました。こうしたマルチキャリアを歩むことになった原点は、高校生のときに体験したオペラとの出合いにあります。

オペラ『不思議の国のアリス』のステージに立つ武井さん(写真提供/横浜シティオペラ)
オペラ『不思議の国のアリス』のステージに立つ武井さん(写真提供/横浜シティオペラ)