ニューヨークで体験したクラブカルチャーに衝撃

 30代でぴあを辞めてフリーランスの編集・ライターをしていたあるとき、レコード会社から「今度アルバムを出すことになったアーティストをフィーチャーした本を作ってほしい」と依頼されました。それが、ニューヨーク在住のサトシ・トミイエさんという、ハウスミュージックのDJでした。

 その仕事を受けることにした私はニューヨークへ。昼はトミイエさんにインタビューをして、夜は連日いろんなクラブに出掛けました。そこで出会ったジュニア・ヴァスケスというDJの8時間プレイに衝撃を受けたんです。

 何より面白いと思ったのは、日本のクラブやディスコにはない、海外のクラブカルチャーが持つ「シェアリング」の感覚でした。DJが主役でもなく、踊っている観客が主役でもない。両者が混然一体となって場をつくっている。そこにいる人たちとは顔見知りや友達にもなるけれど、お互い素性は知らなくていい。つまり、音楽を軸とした自由な空間と時間があったんです。これ、すごく今っぽくないですか? 1990年代後半、まだインターネットが普及する前ですよ。いろんな立場の人が集まって、ゆるやかに、好きなことでつながる。SNSと同じですよね。

 そこから海外のクラブシーンを追いかけていくうちに、クラブミュージックとクラシックの共通点に気づきました。

「音楽が流れていて、みんなずっと踊っているだけ。ただそこに集い、一夜限りの時間軸を愛(め)でている。『いること』の体感自体が鑑賞体験になる。今後は表現シーン全般が『クラブカルチャー的なもの』に行き着くんじゃないかと思いました」
「音楽が流れていて、みんなずっと踊っているだけ。ただそこに集い、一夜限りの時間軸を愛(め)でている。『いること』の体感自体が鑑賞体験になる。今後は表現シーン全般が『クラブカルチャー的なもの』に行き着くんじゃないかと思いました」

 クラブミュージックはある一曲だけを聴くわけではなく、DJがさまざまな曲をミックスして構成した3時間とか8時間といった長いプレイを聴いて、「このDJすごい」と言うわけです。どこに山場を持ってきて、どこで元に戻って、どこに何を差し込んで、とか。それって交響曲などの構造と同じで、「時間軸をどう移ろっていくか」なんですよね。クラブで音楽を聴いているうちに、「あれ、この感じ、クラシック音楽だよね!」と思いました。

 それから逆発見みたいな形でクラシックにも興味を持って、もっと時代とリンクした新しい聴き方を提案していきたいと2011年に始めたのが「爆クラ」という企画。クラブDJから建築、お笑いまで、さまざまな文化系ジャンルとクラシックの間に共通項を見いだしていく試みです。