藤井五冠の強さは圧倒的な研究量にある

 今、藤井聡太さんっていますでしょう? 史上最年少の19歳で五冠を達成しましたけれども、藤井さんの強さの要因は、研究の量が圧倒的に多いことです。日ごろから研究にものすごく時間をかけている。当時の私にはその姿勢が欠けていました。

 私には23歳の王位戦のほかにもう一つ忘れられない負けがあります。42歳で名人になった話をしましたが、在位は1期のみで、翌年にはタイトルを奪取されたんです。当時21歳の谷川浩司さんの挑戦を受けて負けた。このときの私も研究不足でした。

 対局したとき、私は43歳で谷川さんは21歳。それまでほとんど対戦経験がなかったので、研究の材料は少なかった。とはいえ、谷川さんは他の棋士と戦っていますから、そのときの棋譜を取り寄せて、研究すればよかったのです。

 もちろん私もある程度は研究しますが、どちらかというと必要に応じて研究するタイプで、昔の名人というのは大体このスタイルでした。ところが19歳の藤井さんは、日課として毎日将棋盤に向かって研究を重ねている。これは言うは易くで、実行するのは簡単なことではないんです。

 将棋というのは理性の戦いです。根拠があって、一手一手を指していく。「この局面はこうこうこういう理由で、この一手が最良である」と、お互いが頭で考えて、確信を持って指す。だから研究が非常に必要となるんですね。

「藤井聡太さんの強さの要因は、研究の量が圧倒的に多いこと。これは言うのは簡単ですが、なかなかできることではありません」
「藤井聡太さんの強さの要因は、研究の量が圧倒的に多いこと。これは言うのは簡単ですが、なかなかできることではありません」

いつでも「今日は勝つぞ」と思って対局に臨めた

 私は62年あまりのプロ棋士生活で、不戦敗は一度もありません。病気で入院したこともありますが、病院から対局へ向かいました。これはなかなかないことなんですよ。体調不良などでの休場は認められていますので、どの棋士でも1回や2回休むことはありますし、場合によっては1年休む人もいます。

 また、対局の盤の前に座って、今日はどうも気合が入らないな、と思ったことも一回もありません。いつも、「今日は勝つぞ」と思って盤の前に向かいました。気分の浮き沈みなく、対局に臨める。そういう性格が勝負師に向いているのかもしれません。

続きの記事はこちら
加藤一二三 「もし負けたら」の前提は勝負哲学にない

取材・文/谷口絵美(日経xwoman ARIA) 写真/鈴木愛子

加藤一二三
将棋棋士
加藤一二三 1940年福岡県生まれ。早稲田大学中退。54年、当時の史上最年少記録となる14歳7カ月で四段に昇進しプロ棋士に。「神武以来の天才」と称され、最年長勝利記録、史上最多対局数、史上最多敗戦数など数々の記録を打ち立てた。62年10カ月にわたってプロ棋士として活躍し、2017年6月に引退。以降はバラエティー番組にも多数出演し、「ひふみん」の愛称で親しまれている。2000年に紫綬褒章、18年に旭日小綬章を受章。