特にモーツァルトを好きになったのは、有名な『アマデウス』という映画を見てからかもしれません。レクイエムにまつわる描写も出てきますし、映画を見たことによって、それまで聴いたことがないモーツァルトの名曲もいろいろ知りました。例えばピアノ協奏曲第22番。これはモーツァルトが皇帝の前で演奏するシーンで登場するのですが、その様子を見ている妻のコンスタンツェがいかにも幸せそうで、印象的なんですね。モーツァルトが最も幸福だった時期を象徴する描写で、とてもすばらしいと思うと音楽の専門家の方に話したら、「加藤さん、よく見ていますね」と言われました。

リードしていたのに逃したタイトル 23歳の苦い敗戦

 タイトル戦は、対局と対局の合間にどう時間を使うかが重要だとお話ししましたが、それに関して若い頃には苦い経験をしています。

 23歳のときに王位戦というタイトル戦の挑戦者となり、大山康晴王位との7番勝負に臨みました。序盤は2勝1敗で私がリードしていたのですが、最終的には2勝4敗で負けました。

 そのときの私は、リードした後の時間の使い方が全然さえていなかった。対局と対局の合間をどう過ごせばいいかがまだ分かっていなかったんです。なにより、大山先生の将棋に対する掘り下げた研究を思いつかなかった。「この前はこう来たけれども、いつもとは違う作戦で来るかもしれない。そのときに自分はどう戦うか」という想定ができていませんでした。

 それに比べて、大山先生は私と反対でした。最初に1勝2敗で私にリードされたときに緊迫感があって、作戦を切り替えてきたんです。長い勝負で形勢が思わしくないと見ると、ぱっと別の作戦に切り替えて成功していることが大山先生にはけっこうありました。そういう勝ち方ができるのは大山先生しかいなかったです。

 だからこそ、作戦を切り替えてくることくらいは想像して、それにどう対応するかを研究しておかなければいけなかった。