各界で活躍する方々が、自身にとって忘れられないクラシック音楽の一曲と共に人生を語ります。今回登場するのは、「ひふみん」の愛称でおなじみの将棋棋士、加藤一二三さん。中学生でプロ棋士となり、77歳で引退するまでに数々の記録を打ち立てた将棋界のレジェンドは、将棋界きってのクラシック好きとしても知られています。そんな加藤さんが挙げたのは、棋士人生の節目となるタイトル戦に挑むときに聴いた、天才作曲家の名曲でした。

(上)モーツァルトの「レクイエム」聴いて名人に←今回はココ ←今回はココ
(下)「もし負けたら」の前提は勝負哲学にない

タイトル戦の期間はクラシックを聴いて心身を整えた

 私は中学生でプロ棋士になり、77歳で引退するまでの62年10カ月の間に2505局を戦い、24回のタイトル戦に登場しました。タイトル戦に臨むときにいつからか聴くようになったのが、クラシック音楽です。

 タイトル戦は7番勝負や5番勝負で行われ、対局と対局の間は2週間前後の間隔があります。この合間の時間の使い方が非常に重要なんですね。例えばアスリートは、長い間練習に打ち込んで試合に臨みますが、本番の直前はほとんど練習をしないと聞きます。それは、心身をいい状態に持っていくための知恵ですよね。

 私も同じで、それまで将棋の研究はしてきているわけだから、タイトル戦が始まったら、その期間は長時間の研究はしません。少しだけ研究をして、あとはカトリックの信者なものですから、教会に行ってお祈りをする。そして、大体1日2時間くらいはクラシックを聴いていました。好きなのはモーツァルトやバッハの曲。そんなふうにしてうまく時間を使うと、勝つことができました。

 1982年、42歳の私は中原誠名人への挑戦権を獲得し、名人戦に臨むことになりました。名人戦は7番勝負。このとき私は、対局の合間にモーツァルトの「レクイエム」を聴いたんです。たぶん家にあったレコードだったと記憶しています。特にきっかけがあったわけではなく、少し前からよく聴くようになっていました。