オーケストラの定期会員になり、「懸命に演奏する人がいて、音楽ができていること」の面白さにはまったという東京工業大学教授の上田紀行さん。ステージから垣間見える「組織の人間関係」、不完全さも含めた演奏の魅力の本質…長年演奏会へ足を運ぶことで得られたさまざまな発見は、大学での組織マネジメントや、リベラルアーツ教育改革に込める思いにも通じるものでした。

(上)マーラーの「巨人」で感じた楽団の成長
(下)他者の評価を軸に生きると、社会全体が「奴隷化」する ←今回はココ

大学教員はオーケストラの奏者に似ている

 演奏会へ行くと、ステージ上の様子から、オーケストラと指揮者の間にくり広げられている人間ドラマが見えてくるという話をしましたが、そうやって長年演奏会に通ってきたことが、今になって生きている気がしています。大学の先生ってそれぞれに専門性を持った個人主義者で、オーケストラの奏者に相当近いんですよ。

 僕は東京工業大学で新しいリベラルアーツ教育をやろうと、教育改革に取り組んできました。多様な志を持った人が切磋琢磨(せっさたくま)しながら未来を創造していくことを目指して2016年に立ち上げたのが、リベラルアーツ研究教育院です。学内に分散していた文系の先生たちを集めて、40人くらいの組織が誕生しました。でも、ほとんどの先生を僕はよく知りませんでした。そこへ東工大で新たなチャレンジが始まったことを知って応募してくれた教員が加わって、今は60数人の組織になりました。

 一人ひとりがこの組織にいることを楽しみながら、全体で1つの音楽を奏でていくためには、指揮者たる院長の僕はどうすればいいか。全体のアンサンブルをきっちり引き締めていくばかりでは、みんな演奏していても面白くないはず。それぞれがある程度一人社長であり、スターである人たちを尊重しながらいい演奏をしていくときに、力の出し入れみたいな部分で僕のオーケストラ体験が関係しているかもしれないなあと思います。

 例えば会社で部長が何か話しても、部下たちはいつもシーンとしている、みたいなことってありますよね。彼らは内心、「表面上は部長に従っておくけど、心まで明け渡す必要はないし、適当にいい仕事した気分になってもらっておけばいいや」と思っていたりする(笑)。

 その一方で、「何とかこの人を助けてあげたい、この人と一緒にいい音楽を奏でたい」とみんなが思うような上司もいます。オーケストラを見ていても、いかにも「俺様」な振る舞いをする指揮者もいれば、みんなで一緒にという姿勢が伝わってくる指揮者もいて、後者の関係性から生まれる音楽がやっぱり僕は好きですね。

 とはいえ、無理難題を突きつけてくる嫌な指揮者にオーケストラが発奮して、すごい演奏になることもあるので、一概には言えないんですよね。そういうところもマネジメントの難しさに通じるかもしれません。

「オーケストラと指揮者の幸せな関係を見せてもらえることは演奏会の醍醐味。逆のパターンに出合うことも割とありますが(笑)、それもまた大学での組織運営の参考になったりします」
「オーケストラと指揮者の幸せな関係を見せてもらえることは演奏会の醍醐味。逆のパターンに出合うことも割とありますが(笑)、それもまた大学での組織運営の参考になったりします」