各界で活躍する方々が、自身にとって忘れられないクラシック音楽の一曲と共に人生を語ります。今回登場するのは、東京工業大学教授の上田紀行さん。リベラルアーツ研究教育院の院長として、リベラルアーツ教育改革に取り組んでいる上田さんは、オーケストラの生演奏をこよなく愛し、実に50年近く演奏会に足を運び続けています。その長い音楽人生の中でも特に忘れられないという、若き上田さんに大きな驚きと発見をもたらすことになった出来事とは?

(上)マーラーの「巨人」で感じた楽団の成長 ←今回はココ
(下)他者の評価を軸に生きると、社会全体が「奴隷化」する

 1973年9月、中学3年生のときに初めてオーケストラの定期会員になりました。定期会員というのは、定期演奏会のチケットを年間を通して購入し、毎回同じ席で聴けるというもの。オーケストラは、当時まだ設立から間もない東京都交響楽団(都響)。月に1回、1人で上野の東京文化会館へ出掛けました。座席はたしか4階2列目のセンターだったかな。

 そもそも、なぜ中学生がオーケストラの定期会員になったのか。親が好きで連れて行くのでもなければ、普通なかなか思いつかない行動ですよね。

 きっかけは、中学で所属していた「野山を愛する会」というサークルでした。

「定期会員、なかなかいいよ。君もどう?」

 あれはたしか、サークルでハイキングに出掛けたときだったと思います。付き添いのような形で参加していた卒業生の先輩と、山道を歩きながら話す機会がありました。

 その人は東大のオーケストラでファゴットを吹いていて、僕が家にあるクラシックの名曲全集のレコードを聴いたりしていることを話したら、「上田くん、クラシック好きなの? 僕は東京都交響楽団の定期会員になっていて、なかなかいいんだよ。君もなってみたら?」と言われたんです。中高一貫校に通っていたので受験勉強の心配もなく、学生席ならチケット代もお小遣いで賄える。それで、僕も行ってみようかなという気になりました。

 初めての演奏会で聴いたのは、モーツァルトの交響曲第38番「プラハ」。まず音の大きさにびっくりしました。モーツァルトはレコードで他の交響曲を聴いたことがあって、何となく室内楽のようなイメージを持っていたんですね。ところが出だしからジャーン!とものすごい迫力。家の小さなスピーカーで聴く音とはまるで違いました。

 続くバルトークの「ピアノと管弦楽のためのラプソディ」とラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲はどちらも近代の作品で、それまで聴いてきたクラシックとは調性が全然違う。何なんだこれは!?の連続で、すっかり生演奏の魅力にはまってしまいました。

 加えて、4階席はステージからは遠かったものの、オーケストラ全体が見えることにも引き込まれました。