各界で活躍する方々が、自身にとって忘れられないクラシック音楽の一曲と共に人生を語ります。今回登場するのは、丸山珈琲の社長、丸山健太郎さん。コーヒー豆の生産地に直接足を運び、おいしくて高品質な「スペシャルティコーヒー」を日本でいち早く提供してきた丸山さんですが、若かりし頃にはちょっと意外な「遍歴」が。クラシック音楽を好きになるきっかけとなった切ないエピソードと共に、コーヒーと出合うまでの日々について聞きました。

(上)丸山珈琲社長 異国での失恋 傷心をバッハが癒やした ←今回はココ
(下)コロナで苦渋の決断 丸山珈琲らしさは形を変えても届く

 クラシック音楽を本格的に聴くようになったのは、10代の終わりの失恋がきっかけです。旅行を兼ねてとある目的で英国に渡り、半年くらいたった頃のことでした。これ、もう時効ということで、妻も許してくれるかな……行くときは当時のガールフレンドと一緒だったのですが、現地で別れてしまったんです。

 2人で暮らしていたアパートに一人きりになって傷心の日々を送っていたあるとき、部屋に置きっぱなしになっていた前の住人の荷物の中にカセットテープを見つけました。そこにはクラシックの曲ばかりが入っていて、中でも一番心にしみたのが、バッハの「G線上のアリア」。泣きながら聴きました。

 この出来事をきっかけにクラシックを聴くようになって、特にバッハが好きになりました。

飽きずに聴けて場を妨げない、ゴルトベルク変奏曲

 その後コーヒーのお店をやるようになると、クラシックをBGMにしました。気が散らずに作業できて、お客さんと話していても妨げにならないのがピアノ曲。気に入ってよくかけていたのが、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」です。

 ゴルトベルク変奏曲はアリアと30の変奏曲で構成されていて、演奏者にもよりますが、1時間前後の長い作品です。その中には短調の曲もあれば長調の曲もあるし、快活なテンポの曲もあればゆったりとした曲もある。聴いていて飽きないし、それでいて邪魔になりません。最初に好きになったのは、人気の高いグレン・グールドの演奏です。

 グールドのバッハは、ある意味モノクロっぽいと思うんですね。それは決して機械的ということではなく、だからこそずっと聴いていられます。

 また、ゴルトベルク変奏曲は異なる声部(旋律)が折り重なるように現れる曲ですが、グールドの演奏はそれぞれの声部が生き生きと際立っているんです。特に速いテンポの変奏曲では、じっくり聴いていると気分が高揚してきて、ちょっとヤバイ感じになります(笑)。

 その頃やっていたお店は今の丸山珈琲軽井沢本店で、当時はピアノがあって、暇なときに弾いたりしていました。ピアノは小学2年生から中学3年生まで習っていたのですが、親に言われて嫌々やっていたこともあって、みんなが知っているような曲を弾けるようにまではならなかったんですね。そんな心残りもあって、大人になってから先生を見つけて、レッスンに通うように。海外への豆の買い付けで忙しくなるまでは、バッハのインベンションとかモーツァルトのソナタとか、割と真剣に練習していました。