お店の空気づくりに音楽はとても重要です。例えばお客さん同士がそれなりにシリアスな話をしているときは、周りに聞こえてしまうと気の毒なので、ちょっとだけ音量を上げる。会話が盛り上がっているときは、比較的快活な曲を選んだりします。自分の好きな世界にお客さんを迎えて、お店で過ごしているうちにクラシックを好きになってくれたらいいなあ、と思いながらさりげなくいろいろやっていました。

 ゴルトベルク変奏曲の他に、ブラームスの間奏曲集も好きでよくかけていました。ピアノ曲以外では、バッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲」。そして時々思い出したようにちょっとだけモーツァルトを入れる。そんな感じで流していると、お店がいい感じになりました。

 今はお店に立っていないので選曲はスタッフに任せていますが、いつか社長を引退してもう一度カウンターだけのお店をやるとしたら、やっぱりBGMにはクラシックをかけるかな。

「ゴルトベルク変奏曲を初めに好きになったのはグールドの演奏ですが、だんだん他の人も聴きたくなって、いろんなCDをお店でかけるようになりました。演奏する人によって解釈が違うのが、クラシックの面白さですね」
「ゴルトベルク変奏曲を初めに好きになったのはグールドの演奏ですが、だんだん他の人も聴きたくなって、いろんなCDをお店でかけるようになりました。演奏する人によって解釈が違うのが、クラシックの面白さですね」

高校卒業後は「世捨て人になる」と決めて、海外を転々

 僕がコーヒーの仕事と出合うまでには、いろいろなことがありました。

 子どもの頃から人の内面に興味があって、仏教や禅、インド哲学などの本を読み、精神世界に強く引かれていました。勉強はそれなりにできましたが、高校に入ると周りはみんなガリ勉の秀才。こんなふうに勉強に打ち込むことは自分にはできないと悟りました。

 そこで目立ちたがりの僕は「逆張り」することを考えました。同級生の中には東大に行ったり、弁護士になったりする人もいるだろう。でも自分はなれない。彼らを出し抜くにはそういう生き方を否定するしかない、と。当時は言語化できていませんでしたが、そんな心境だったと思います。もともと精神的なものが好きだったこともあり、「世捨て人になる!」と決意。高校を卒業すると、インドに行ってヨガ施設で修行したり、米国でマインドフルネスを学んだり。英国へ行ったのもそうした目的からでした。

 でもあるときふと思ったんです。精神世界は好きだけど、自分は全然自立していない。何をするにも結局お金は必要だし、社会復帰しなきゃいけないな、と。そんな当たり前のことに気づいて、20歳くらいで日本に戻りました。