おにぎりやたくあんに合わせ、湯のみに注いでワインを飲む

 甲州ワインの歴史は明治初期、今から150年ほど前に遡ります。洋酒文化に目をつけた二人の青年がフランスに渡ってワイン醸造を学び、地元・勝沼でお土産用に栽培されていたブドウでワインをつくりはじめたのが甲州ワインの起源。

 西洋から入ってきた文化とはいえ、150年も続くとそれは立派な地酒。山梨ではおなじみの光景として、夕方、お父さんがステテコ姿でナイター見ながらちゃぶ台でワインを湯のみに注いで飲む……というアタマが混乱しそうな晩酌スタイルがあります。しかもワインに合わせているのはたくあんやお浸し、マグロのぶつ切りにおにぎり……!

山梨に来てビックリしたのは「お寿司と地元のワインのペアリング」というカルチャー(甲府市の福寿司にて)
山梨に来てビックリしたのは「お寿司と地元のワインのペアリング」というカルチャー(甲府市の福寿司にて)

 食に関して保守的で昔ながらの郷土食の文化を守っている山梨人。洋酒だから洋食を合わせよう!という発想はなく、むしろワインの味をふだんの和食に合うようにアレンジしてしまっています。

 そんなローカルスピリットの象徴は、地元限定で流通している「一升瓶ワイン」。かつてワインボトルが手に入らなかった時代、日本酒の瓶にワインを詰め、ワイングラスもないので湯のみにドボドボと注いで飲む。今でも地元のおじちゃんたちはそれを「ワイン」ではなく「葡萄酒」と呼びます。

 特別なハレの日のお酒ではなく、毎晩手軽に飲めるデイリー地酒。それが甲州ワイン。レギュラー酒は、なんと一升瓶で2000円程度で買えてしまうものも多数。コスパでいうとチリとか南アフリカの旨安ワインを凌いでしまっている……。国産なのに。

 新酒が出回る時期になると老若男女がソワソワしはじめ、人気ワイナリーの限定酒が発売になるとその日に即売り切れになってしまう。野良仕事が終わったら、畑の脇に座って農家のお兄ちゃんたちが嬉しそうにワインを飲んでいる。甲州ワインを見ていると、ワインはもともと庶民のための地酒だったことを再認識させられるのです。

文・写真・イラスト/小倉ヒラク