就職氷河期時代、就職先の選択肢が限られる中で、「長く働けそう」と日本ユニシスに入社した皆川和花さん。システムエンジニア、コンサルタント、新規事業の立ち上げ・運営、企画支援、社長業務秘書と、複数の異動経験を経て、47歳のとき、日本ユニシスグループの北米R&D拠点であるNUL System Services Corporation(以下、NSSC)の代表取締役社長に抜てきされた。「30歳でキャリア観が変わった」という皆川さん。どんな意識とスタンスでキャリアを築き上げてきたのかを聞いた。聞き手は平田昌信(日経xwomanプロデューサー)。

米国NUL System Services Corporation(NSSC)代表取締役社長の皆川和花さん(撮影場所は日本ユニシス本社)
米国NUL System Services Corporation(NSSC)代表取締役社長の皆川和花さん(撮影場所は日本ユニシス本社)

30歳で向き合った、自分が目指すべきポジション

―― 日本ユニシスに新卒入社されて以来、キャリア観はどう変化してきましたか?

皆川和花さん(以下、皆川) 大学院を修了した頃は、バブル崩壊以降続いていた就職氷河期の真っただ中。多くの企業が新卒採用を控えていて、選択肢が限られる中、「これからはコンピューターの時代」と考えて日本ユニシスに入社しました。当時はキャリア志向が高かったわけではなく、「なるべく長く仕事を続けたい」という程度の意識でした。そんなキャリア観が変わったのは、30歳のとき。SE(システムエンジニア)として働いて6年がたった頃です。

 もともと「専門性を突き詰める職人」への憧れがあり、すし職人などのドキュメンタリーを見て「かっこいい」と思っていました。SEもまさに「職人」の世界。けれど、周囲のSEたちと比較し、自分に限界を感じたんです。頑張ってそこそこのレベルには達しても、そこからさらに極めていけるタイプではないな、と。そこで、「これから私はどう働いていこうか」と考えました。

 「キャリア」とは何かを考えたとき、ただ仕事を長く続けるだけでなく、「自分の存在意義」「自分に自信を持たせてくれるもの」と捉えるようになりました。仕事人間にはなりたくなかったけれど、人生の時間の多くを仕事が占めているのは事実。「何をしている人なの」と尋ねられたとき、明確に答えられることが自分の自信につながる――そんなふうに意識が変わりました。

 職人は細部まで突き詰める仕事ですが、その仕事には向いていないと自覚したからには、「俯瞰(ふかん)する」立場に立とうと考えました。「視野を広く持ち、根本的な概念や仕事のやり方を考える人になろう」と。

「30歳のときに、俯瞰する立場に立とうと考えました」(皆川さん)
「30歳のときに、俯瞰する立場に立とうと考えました」(皆川さん)