『ニューヨーク・タイムズ』を中心に米英の有力紙で活躍するジャーナリストのケイト・マーフィ。彼女が大量の文献を読み、数多くのインタビューを行ってまとめた本を、エール取締役の篠田真貴子さんが監訳した書籍『LISTEN 知性豊かで創造力がある人になれる』から、一部を抜粋・編集してお届けします。上・下記事の今回は下。優れた聞き手となるために、「アドバイスをしよう」と思って話を聞くとダメな理由は? 我慢すべき6つの衝動とは?

 気をつけてほしいのは、「決めつけ」が隠れている質問です。

 私は一度、名高い社会学者であるハワード・ベッカーにそんな質問をして叱られたことがあります。

 サンフランシスコのベッカーの自宅で、有名なジグザグの急坂ロンバート・ストリートを見渡せる日当たりのいい書斎にベッカーと座っていた私はこう質問しました。

 「何がきっかけで社会学者になることを決めたのですか?」

 ベッカーは、恐ろしく臭いものでも嗅いだかのように顔をゆがめ、こう言いました。

 「決意だったと決めつけているね。“どういう経緯で社会学者になったのですか?”と聞いた方がいい」

 その長いキャリアのほとんどをノースウェスタン大学で過ごしたベッカーは、いろいろなサブカルチャーに数カ月、場合によっては数年間も入りこみ、まるで内部の人間であるかのように後にそれを執筆することで知られています(注4)。

 対象は、ジャズ・ミュージシャン、マリフアナ喫煙者、芸術家、俳優、医学生などです。

 「他の人と比べて私が優れた聞き手かはわからないが、聞いたものを理解できなければ質問する」と彼は教えてくれました。

話に素直に耳を傾けるには、冒険心がいる

 91歳にして気力にあふれたベッカーにとって最悪なのは「投げかけられることのない質問」です。人がなぜ質問したがらないのか、彼には理解できません。

 彼は、さまざまなところを旅し、講師や研究員として4カ国で暮らした経験があります。

 彼によると世界的に寡黙になる傾向にあり、それは非生産的だと言います。現在はサンフランシスコとパリの両方を拠点に生活していますが、文化と言語を行ったり来たりするおかげで、自分の知識に自己満足せずにすんでいると言います。

 「日常的な会話の中で、あたりまえだと思われていることがありすぎる。自分の第1言語であればなおさらだ」とベッカーは言います。

 「物事が横を通りすぎ、それがどういう意味か厳密にはわからないのに、重要でないとか、知る必要がないとか、逆に知らなくて恥ずかしいと思い、そのままにしてしまう」

 それに加えて、人はどんな答えが返ってくるかも心配になります。

 イエス・ノーでは答えられない質問は、回答が自由であるため会話がどこへでも――とりわけ感情の領域へと――行く可能性があります。

 話がどこへ行き着くかわからないため、素直に耳を傾けるにはそれなりの冒険心と、さらには勇気さえも必要になります。ベッカーは、「居心地悪く思う人はたくさんいる」と言います。

 「素直に耳を傾けるのが得意でない男性はかなりいます。だからこそ、実地調査をするかわりに、(男性の社会学者は)人口統計学に進む傾向にあります。人について深い知識を身につける必要がありませんから」