「自分はすごい」と見られたいだけの質問に気をつけよう
人は博識であると見られたいために、自分がすでに知っていることをにおわす質問をしたがるものです。
もしくは、自分が求めている答えが返ってくるような質問をしてきます。 「~だと思わない?」「~って本当?」「~ってそうでしょ?」で終わるものは、良い質問とは言えません。
また、良い質問は「だよね?」で終わることも絶対にありません。
こうした質問は、実はずらす対応がカモフラージュされたもので、話者にとっては本心とは異なる答えや不完全な答え、あるいは質問した人の意見や期待に合う答えを返すように、話者を導いてしまいます。
また、自分を権威づけしたりよく見せたりするための情報が盛りだくさんの、長たらしい質問もご法度です。
「私は景観設計の経験を積んでいまして、私に言わせれば隠れた天才である、セントラル・パークを設計したフレデリック・ロー・オルムステッドを敬愛してやまないのですが、あぁそれから私はいろいろなところに旅をするので、ニューヨークのセントラル・パークやロンドンのセント・ジェームズ・パーク、パリのブローニュの森といったすばらしい公園の不朽の鮮やかさとその人気に感銘を受けておりまして、そこで質問なのですが、緑地空間について考えるとき、大きな志を持つ必要がある、という考えにあなたは同意されますか?」
これは、持続可能な開発に関する討論会で、ある人が立ち上がって実際に質問したものです。こんな人にはならないでください。
それから気をつけてほしいのは、「決めつけ」が隠れている質問です。
続きの記事はこちら
⇒「アドバイスをしよう」と思って話を聞くと失敗する理由
編集/日経xwoman編集部 写真/PIXTA
注2 “Angels in the Marble?,” Economist, September 6, 2001, https://www.economist.com/united-states/2001/09/06/angels-in-the-marble
注3 Charles Derber, The Pursuit of Attention (New York: Oxford Uni versity Press, 2000).
ジャーナリスト
他人の話は「面倒で退屈なもの」。しかし、話を聞くことは、自分では考えつかない新しい知識を連れてきます。話をじっくり聞ける人間は信頼され、友情や愛情など、特別な関係を育みます。それを知っておくだけで人生は驚くほど実り豊かになります。
アマゾンで購入する