「当たり前」に流されていたのは自分だった

 すでに亡くなっている赤ちゃんを産み、パパママとして書いた手紙を棺(ひつぎ)に入れ、わずかな時間を病室で過ごしました。忘れられない3人の時間です。

 「子どもを育ててこそ一人前」「女の幸せは子どもを産むこと」「子どもを育てていない人には分からない」

 不妊治療をしている頃は、こんな言葉に敏感に反応していた時期もありました。でも、あるときから、子どもがいる、いないだけで線を引くって「あまりにも雑なのでは?」と一歩引いて考えるようになりました。不妊に死産という経験をしたからこそ気づく世の中のことがある。その感覚は大事にしたいと思うようになったんです。私自身の遅めの成長でした。

 どうしてそんなに子どもが欲しいの? お母さんになりたいの?

 自問自答の日々は続きました。

「養子は考えていますか?」と聞かれて…

 以前、不妊当事者へのインタビューを受けたとき、「養子は考えていますか?」と聞かれた言葉が頭から離れなくなり、帰宅後に特別養子縁組について調べてみると、日本での成立件数は少なく、親と暮らせないほとんどの子どもが児童養護施設で暮らしていました(※)。0歳の赤ちゃんもです。

 実親がいても、面会がなかったり、親から暴力を受けたりした人は親に頼れません。ボランティアとしてそうした子どもたちと数年間交流しましたが、話を聞けば聞くほど「血のつながりとは一体何だろう」「家族とは何だろう」と考えさせられました。

※社会的養護が必要な約4万5000人の子どものうち、特別養子縁組が成立して家庭に迎えられるのは約1%の624件(2018年)