特別な日に訪れたいレストラン、忙しい時間を忘れてゆったり過ごせる雰囲気のいいカフェ…愛されるお店には、料理はもちろん、空間にも訪れる人を引き付ける魅力があります。「建築を知ることは、人生を豊かにする」と語る建築史家の倉方俊輔さんが、食欲と知的好奇心を刺激するスポットを厳選。バラエティー豊かな建築の味わい方を紹介します。今回から大阪編がスタートです。

商工業の街、大阪は魅力的な建築の宝庫

 近年、建築を楽しむ人が増えています。芥川賞作家の柴崎友香さんも、建築が大好きです。以前に『大阪建築 みる・あるく・かたる』(京阪神エルマガジン社)という建築の解説書を一緒に出版しましたが、その際にも柴崎さんの言葉は含蓄深く、その後もお会いする機会があって、そのたびに教えられることが多いのです。

 大阪は「東洋のマンチェスター」と呼ばれることがあります。日清戦争が終わった19世紀末から、大阪は日本の紡績産業の中心地となり、工業や商業が発展しました。産業革命後に綿工業などで隆盛を極めた英国のマンチェスターから付けられた呼び名ですが、煙はもくもく、人はせわしなく、どこかダークな印象も与えかねません。

 「でも、文学の催しに招待され、実体験したマンチェスターは美しく、品格ある建築にあふれていて、大阪が目指した『東洋のマンチェスター』は、こういうことやったんやと

 そう語る大阪生まれの作家の言葉に、はっとさせられました。商工業は、その街に世界の知識に触れた一流の技術者や経営者がいて初めて発展します。その中から、生み出された富を文化に変えようとする人びとが現れます。誰の目にも映る建築は、その一つ。高価な美術品や書籍などが集まるとともに、それを容(い)れる気品ある建築もつくられるのが道理です。

 マンチェスターは一時期、綿工業の衰退にともなって、マイナスのイメージを帯びました。それが今では、多様な文化の発信地として知られています。

 確かに、大阪も似ています。商工業の発展にともなって良い建築がつくられ、残り、活用されています。それらは目を楽しませ、同時に知的好奇心を刺激します。単なる地方の物語なのではなく、世界史や建築史の全体につながるという意味でも「東洋のマンチェスター」といえるでしょう。

 そんな街で、歴史的な建築と現代的な食がどのような関係にあるのかを大阪編では見ていきます。初回である今回は、都市の中心部にこんなにも豊かな環境があり、そこに国の重要文化財が立っていて、センスのいいカフェレストランが入居しているというお話です。