特別な日に訪れたいレストラン、忙しい時間を忘れてゆったり過ごせる雰囲気のいいカフェ…愛されるお店には、料理はもちろん、空間にも訪れる人を引き付ける魅力があります。「建築を知ることは、人生を豊かにする」と語る建築史家の倉方俊輔さんが、食欲と知的好奇心を刺激するスポットを厳選。昭和初期の名建築から現代のモダンな空間まで、バラエティー豊かな建築の味わい方を紹介します。

上野駅公園口に並ぶ師弟のモダニズム建築

 JR上野駅公園口が2020年春にリニューアルされました。改札口を約100m北側に移動させ、前の道路を2つのロータリーに分けることで、まっすぐ上野恩賜公園まで歩けるようになったのです。改札を出ると、右手の国立西洋美術館と、左手にある東京文化会館が出迎えます。

 これらが世界的建築家とその弟子の建築作品であることは、すでにご存じかもしれません。国立西洋美術館は20世紀の建築に大きな影響を与えたル・コルビュジエの設計による、日本で唯一の建築です。1959年に開館し、彼がフランス国内やスイス、アルゼンチン、インドなどに残した作品と合わせて、2016年に世界文化遺産に登録されました。

 東京文化会館のほうは、ル・コルビュジエの設計事務所で1928年から30年にかけて学んだ前川國男の設計で、1961年に開館しました。堂々とした打ち放しコンクリートや大きな庇(ひさし)は、師であるル・コルビュジエの作品に通じます。庇の下に広がっているのは、透明なガラスの壁です。

 ル・コルビュジエや前川國男といった建築家は「モダニズム建築」という言葉とともに語られます。これは一種の革命でした。なぜなら、人間の文明でずっと主流だったのは、外観の形が立派なものが立派な建築だという考え方でしたから。モダニズム建築は、そんな考え方に挑戦しました。

 モダニズム建築は、一枚岩ではない運動でしたが、今回はル・コルビュジエや前川國男の方向性に絞りたいと思います。二人は、「そもそも建築は、何かの役割を果たすためにつくられるものなのだから、見た目の美しさや豪華さではなく、それを使う人間にいかに貢献するかが最も重要ではないか。その建築における経験が豊かであれば、立派な建築と言えるのではないか」と考えました。

打ち放しコンクリートと大きな庇(ひさし)が印象的な東京文化会館の外観
打ち放しコンクリートと大きな庇(ひさし)が印象的な東京文化会館の外観