部屋の用途に応じた正しいスタイルで装う

 大廊下を抜けた先がレストランのメインダイニングですが、その途中にも語るべき点が多いのです。最初に現れる部屋は以前の食堂です。壁に木材を巡らした格式は、晩さんのための正式な空間であることを告げます。中央に据えられた重厚なテーブルは、実際に伯爵邸で使用されていたものです。隣の応接室は一転、やわらかな雰囲気に包まれています。アイボリーの壁とロココ調の装飾も、小川三知によるブーケを思わせるステンドグラスも、くつろいだ応接に貢献します。さらに奥の喫煙室に至ると、天井や床にアラベスク文様を施したイスラム風が豪勢な印象です。ヨーロッパのたばこがトルコやエジプトから入ったことにちなむものです。

重厚な雰囲気をたたえるかつての食堂
重厚な雰囲気をたたえるかつての食堂
応接室はくつろぎの場にふさわしい内装が施されている
応接室はくつろぎの場にふさわしい内装が施されている
イスラム風の喫煙室
イスラム風の喫煙室

 各部屋の目的に応じた正しいスタイルで装うことが、第2次世界大戦以前の西洋のマナーでした。その学習を最初期から行っていた建築家の経験値がうかがい知れます。廊下のもう一方には中庭が設けられていて、明るい光が差し込みます。最新のスパニッシュ・スタイルを導入し、生活の場としての健やかさを重視したことが分かります。

 南側の庭に面して、書斎、寝室、ベランダといった家族の空間がありました。現在はテラス席のあるメインダイニングになっています。さあ、運ばれてくる一皿一皿を楽しみましょう。色鮮やかな食材が、絵画のように豊かに盛り付けられ、自然を取り入れた建築のつくりが料理をいっそう引き立てます。

 小笠原伯爵邸は、私たちを育む太陽と同じくらい、おおらかで繊細に、生命の賛歌を歌うかのようにつくられています。素材を熟知し、技量を備えた職人たちによる、驚くほどの手間がかけられた共同作業が、集う人々を主役にします。建築も料理も、モダンなスパニッシュなのです。

ベランダは現在、メインダイニングのテラス席として使われている
ベランダは現在、メインダイニングのテラス席として使われている
小笠原伯爵邸
竣工:1927年
設計:曾禰中條建築事務所

<お店情報>
住所:東京都新宿区河田町10-10
電話:03-3359-5830
営業時間:ランチ11時半~15時、ディナー18時~23時 ※完全予約制
(2020年7月31日までは、ディナーを17時半~21時に短縮。期間や営業時間は変更となる場合があります)
無休(年末年始を除く)

文・写真/倉方俊輔